2009年9月27日 (日)

軽いぎっくり腰(2009(H21)/9/27)

昨日・土曜日の朝、予備自転車・シティサイクルをいじっていたら、腰の右側にビキッとな。
そんなに酷くなかったので、妻子の用事に付き合ったのですが、だんだん動くのが辛くなってしまいました。夕方や日曜日には脱走してポタリングでもしようかと思っていたのに・・・残念。
明日・月曜日には回復していて自転車通勤が出来るでしょう、ということを期待。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月25日 (土)

ぎっくり腰(2009(H21)/4/25)

水曜日(4/22)の朝、出勤しようと玄関ドアに手を伸ばしたとたん、腰にギクッと来ました。恐る恐る道まで出たのですが、どうもいけない。そろそろと戻って腰掛けたら、動けなくなってしまいました。痛くて痛くて。
スケジュールを見て何とか休みが取れることを確認、有給休暇をいただくことにしました。
昼ごろが痛みのピーク。かなわん状態です。
自宅から職場メールが確認できるので、電話数本とメール数本で乗り切りました。
翌木曜日は会議があったので、許可を得て自家用車で通勤。ペンギン歩きが恥ずかしかったのですが痛いものはしかたがない。椅子に座っていても痛い。
金曜日は外部での会議が2本。痛みがきつく、地下鉄移動が堪えたのですが、なんとかそろそろと歩けるようにまで回復しました。
今日、土曜日(4/25)は、痛みはしっかり残っているのですが、まぁ何とか動けます。
やっぱり、ぎっくり腰は三日ですね。週が明ければ、なんとか普通の生活に戻れるかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月26日 (月)

近距離用メガネ(2009(H21)/1/25)

金曜日の夜、近距離用メガネが壊れました。ツルの先っぽが両方とも折れてしまったのです。ガラスレンズの、10年以上使っていたものなので、致し方ないでしょう。
早速、土曜日にいつもの眼鏡屋へ行ってきました。度は進んでいなかったのですが、乱視が強くなってきているとのこと。ここのところ見難かったのは、乱視のせいだったのですね。フレームを選んで、レンズを手配。フレームは当然ながら鯖江製です。
そして、日曜日の夕方にはできあがりました。フィッティング調整して完了。見え方もかけ心地も満足です。
相変わらず、ご主人と奥さんの腕は確か。
ご主人の話。
16歳から修行。10年修行して店を持った。昔はガラスレンズを形にするのに技が必要だった。ダイヤモンド砥石ができて機械化されて誰でもできるようになった。逆にプラスチックレンズは機械でしか加工できない。
度も機械である程度まで判るようになった。見え方は人によって違う。少し強めが好みの人、適正な度だと頭が痛くなってしまうので少し弱めにした方が良い人。人の目には慣れもある。遠近両用は光学的にはゆがんで見えるはず。慣れを考えながら、違和感ないように調整する。
この店の近くにも大手の量販店が出来ています。でも、こうした腕の確かな小さな店が無くなりませんように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月21日 (日)

虫歯治療その3_治療終了(2008(H20)/12/20)

<第9回目>12/6(土)
先週、型を取った詰め物を装着。続いて左下の虫歯を治療。意外に大きくて、3mmほど削ったとのこと。あと1mm削ると神経に届いてしまうそうです。詰め物をして、この歯は治療終了。ゆっくり進行するタイプの虫歯だそうです。
最後に、右上の歯を掃除して終了。金4190円也。
次回は、右上にある虫歯の治療だそうです。こちらも典型的なゆっくり進行するタイプの虫歯とのこと。金属の詰め物をするかどうかギリギリの大きさかも知れないそうです。
今日担当してくれた若い方の先生は、状況をいろいろ教えてくれるし「何か質問はありますか」と訊いてくれて安心感があります。
詰め物の後処理や歯の掃除をしてくれた女性は、ちょっと雑かな。二度ほど口の回りに尖ったもの(見えないから何かは判りませんが・・・)を刺されちゃったし、顔に水(治療器具の駆動用の水を顔の上で噴き出させちゃったんだと思う)をかけられたりしちゃいました。
いつも治療してくれるお年寄りの先生は、気安い感じで好感が持てます。
<第10回目>12/13(土)
右上の歯の虫歯治療。大臼歯と隣の歯の間が虫歯。表面は小さいけれど、かなり深いものだったそうです。歯と同じ素材の詰め物をしましたが、さらに進行したら金属の詰め物になるとのことです。今日も若い方の先生が担当してくれて、いろいろ状況を教えてくれました。金2590円也。
<第11回目・治療終了>12/20(土)
左上の歯3箇所を少し削って詰めました。その後、右下の歯の掃除。だいぶ歯石があったようです。それと何か挟まっているのが取れなかったようで、手間取っていました。
今日も若い方の先生が担当してくれて、いろいろ状況を教えてくれました。詰め物と掃除をしてくれた女性は、治療器具を口の周りに当ててみたり、歯を清掃する空気を顔に当ててくれたり。治療そのものは何の問題もないんですけど。
本日で治療終了。3ヶ月か半年後に見せに来てくださいとのことでした。金3500円也。
総費用28780円也。かなり痛い出費。虫歯にならないよう気を付けましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月29日 (土)

虫歯治療その2_中間報告(2008(H20)/11/29)

<第6回目>11/8(土)
別の虫歯を治療しましょうと、前歯を4箇所も削られ詰め物をされちゃいました。削られた直後に舌先で触った感じだと、大きな穴を開けられた印象がありました。実際の大きさはどんなぐらいだったのでしょうか。見えないところをいじられるのには、若干の不安感があります。金3920円也。
<第7回目>11/22(土)
主な治療の続き。削って型取りをして仮の詰め物。その周辺の2箇所に詰め物もされました。左の下の歯も掃除。「虫歯がたくさんあるね、頑張って治しましょう」とまた言われました。何故か嬉しそう。金3870円也。
<アクシデント>11/27(木)
出張先で朝起きたら口の中に違和感。詰め物が外れちゃいました。
<第8回目>11/29(土)
先ずは外れた詰め物を装着。治療中の歯の隣の詰め物でした。歯に穴が開いているとのことで少し削って詰め物。次に、先週、型を取った詰め物を装着。さらにその奥の歯の型取りと借りの詰め物。一式終わってから左側の上の歯を掃除。今日の治療は、少し歯に痛みが走りました。金4610円也。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月15日 (土)

親父の様子(2008(H20)/10/31~11/1)

親父が逝った。
10/31(金)早朝3:40頃、母から「おじいさんの様子がおかしい」と電話があった。すぐに妻と実家に向かった。3:00過ぎに声を出したら、その後反応が無くなったとのこと。母は声をかけ続けたり揺すったりしていたが、脈も無かった。あっさりした、苦しまなかった死に際だったようだ。
4:00には医師が往診に来てくれ、臨終が確認された。
夜が明けてから葬儀屋に連絡しようと思ったが、医師が「今からでも対応してくれるから」と勧めてくれたので、すぐ、葬儀屋に連絡を取った。
葬儀屋は、5:00頃には来てくれた。打合せをして31日19時に通夜、1日11時に出棺を仮に想定、火葬場と葬儀場を予約してもらった。
7:00頃にお寺さんに連絡、8:00には枕経をあげに来てくれた。通夜、告別式の日時が確定。
関係先へ連絡を開始。受付をお願いできる人を捜したり、職場へ連絡したり。往診してくれた病院に死亡診断書を取りに行ったり。
12:00頃、再度、葬儀屋と打合せ。供花、通夜の食事などを注文。
妹夫妻も到着。
14:00湯かんから納棺。
16:00子供たちとも揃って、葬儀場へ移動。
三々五々子孫、親戚筋、手伝いをお願いした職場の方も集まり始め、18:00通夜準備開始。
19:00通夜開始。お寺さんからは二人来てくださった。
通夜終了後、出立ちの数、精進落としの数、初七日引き物の数の打合せ。
焼香順位や、火葬場へ行く人数、留守番の手配、弔電を読む順番、出棺時の役割、柩を霊柩車へ運ぶ人(男孫6人)の調整なども、夜のうちに行った。
母、私、妹、子供たちと交代で線香を絶やさないように用心。
11/1(土)8:00、出立ち(母と子孫で食事)、8:30司会者と打合せ。
9:00親族写真。受付を開始。
10:00葬儀開始。お寺さんから四人来てくださった。
11:00出棺。霊柩車には私が乗車。運転手さんにお願いして、家のそばを通るルートに変えてもらったら、その後は自然と親父に縁のある場所のそばを通ることになった。
11:45頃、火葬場に到着。火葬場まで、お寺さんから一人同行してくださった。
13:20に収骨。立派な骨が残っていた。
13:40頃、火葬場を出発、14:10頃、葬儀場に帰着。
初七日には、お寺さんから一人来てくださった。
精進落としをして、16:00に葬儀場を後にした。
バタバタしたが、短時間にいろいろなことが済み、結果的には良かったかと思う。
親父は、享年80歳。
仕事も随分したようだし、酒もたくさん飲んだし、趣味も多くしっかりやっていたし。
倒れてから2年4月、その間も、あまり手をかけさせる病人では無かった。
良い人生だったのではないかと思う。
通夜、葬儀に来てくださった方、手伝ってくださった方、天候にも出来事にも、感謝すべきことがたくさんあった。
ありがたいことだ。
(追記11/15)
2週間経った。
私は、仕事のピークと重なり、5日以降毎日出張続きで、否応なく普段通りに過ごすことになった。二七日の法要も、出張先だった。
母も、落ち着いている。妻も妹も、よく実家に寄ってくれている。
いろんな事が、すんなりと進んでいる。ありがたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月26日 (日)

親父の様子(2008(H20)/10/25)

夕方、見舞いに行った。父は胃ろうから水分をもらっていた。少し遅めだそうだ。
父は眠そうだ。午前中、母が用事で出掛けていたそうだが、その間ずっと起きて待っていたらしいとのこと。
父の体調は落ち着いている。尿から石は出ているそうだが、結石の痛みはないようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

虫歯治療その1_中間報告(2008(H20)/10/26)

虫歯になってしまいました。
右下奥歯に穴が開いて痛い。20年ぶりぐらいの痛みです。
虫歯は放っておいても治らないので、歯医者さんへ行くことにしました。
<第1回目>10/14(火)
一番遅い時間帯に予約して、仕事を切り上げて向かいました。「虫歯がいっぱいあるねぇ」だそうです。ちょっとショック。
少し削って薬を詰めてレントゲンを撮って終わり。金1940円也。
<第2回目>10/17(金)
同じく一番遅い時間。遅れそうになってクロモリロードバイクでがんがん走って行ったら汗が出て、ちょっと恥ずかしい状態。
先ずはレントゲンで、治療すべきは虫歯だけだと確認。続いて、詰めてあった薬を神経を弱らせる薬とやらに交換。金170円也。
<第3回目>10/18(土)
虫歯を少し削って薬をつけ替え。下の歯の歯石取り。虫歯治療も歯石取りも少しずつ削るとのことなので、まだ何回かかかりそうです。金2770円也。
<第4回目>10/22(水)
一番遅い時間に間に合うよう、キャノンデールF700で疾走。汗が何とかひいた頃に治療開始でした。
虫歯は神経が抜けたとのことで、何か棒状のものを突っ込み、レントゲン撮影。奥まで届いていることを確認しました。あと数回で治療終了予定とのこと。そのほか、前歯の歯石取りを少し。金340円也。
<第5回目>10/25(土)
最後の薬を浸けるとのこと。借り詰めものを掘って、こんなに詰めてあったのかと思うぐらい取り出しました。そこへまたいろいろ詰め込んで、レントゲン撮影。前回と同じように奥まで届いていることを確認しました。金880円也。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月13日 (月)

親父の様子(2008(H20)/10/13)

昼前、お祭りの帰りに、妻、五男坊と一緒に見舞った。父や母にも見せてやろうと思って、五男坊は法被姿のままだ。
実家に上がり込んだら、父は目を見開いていた。どうも、玄関を入ってくるときの賑やかしさが気になったようだ。その後、すぐ目を閉じた。
ここしばらくは熱も出ず調子も良く、毎日15分ほどベッドに座っているそうだ。看護士さんが週に2回来てくれて、造血剤を処方してくれるとのこと。
母が少し外したとたん、父が「うう、あいあいあい」と声を出した。私や妻が話しかけても反応はうすい。母が戻ってきて様子を伝えたら「私がいなくなるとすぐしゃべるんだよ」。母が「ほら、ここにいるよ」と父に話しかけたら、父は安心したような表情になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月28日 (日)

親父の様子(9/28)

夕方、見舞いに行った。親父は流動食の最中だった。ここのところ体調も落ち着いていて、介護の時に15分ぐらい座っていたり、入浴も再開しているそうだ。途中、母が部屋を離れた時、親父が唸りはじめた。母が戻ってきたらすぐ静かになった。いつものことだそうだ。母と会話していると、時々親父が反応する。内容は判っているようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月21日 (日)

親父の様子(9/21)

夕方、見舞いに行った。親父は湿疹が治って投薬も終わり、体調も良くなってきているそうだ。時々尿に結石は混じっているそうだが、痛みは無いようだ。母はいろいろと本を読んで、水分の取り方(あまりたくさんはダメだそうだ)やら、流動食の与え方(朝晩は多めにして昼を少な目にすると良いそうだ)やらを試しているとのことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月20日 (土)

親父の様子(9/15)

親父の誕生日。満80歳になった。母の誕生日も近い。また、夕方から一家で押し掛けて夕食を一緒にいただいた。食事の後、親父に話しかけていたら、唸ったり不自由に手足を動かしたりして反応してくれた。母は「良く解っているでしょ」とにこやかだった。ここしばらくは、身体に湿疹が出て定期的に薬を打ってもらっているそうだが、結石の痛みは治まっているそうだ。血液検査の結果も問題ないそうで、落ち着いていることが、顔色からも伺える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 7日 (日)

親父の様子(9/6)

わが家全員で実家に押し掛け、一緒に夕食をいただいた。子供たちも親父の容態は良く認識している。親父が唸ったときに気遣ってもくれている。話しかけもしていた。賑やかしくしたが、親父にも良い刺激になっただろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月24日 (日)

親父の様子(8/24)

夕方、見舞いに行った。親父は流動食の最中だった。静かに大人しくしていた。午後、母が用事で出掛けていたため、妹が親父に付いていてくれたようだ。親父も娘が世話をするのなら納得できるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月17日 (日)

親父の様子(8/17)

お盆休みの水曜日(8/13)午前、母が買い物に行く間、留守番した。途中、親父が唸ったので、話しかけたら、首を回して私を見た。状況は把握できているようだ。夕方には迎え火を焚き、妹一家も合流して賑やかに夕食をいただいた。親父も喜んでいたそうだ。
木曜日(8/14)朝、見舞ったら親父が目をむいて唸り、咳き込んでいた。また結石が痛いようだ。母が痰を吸引をし介抱している。手慣れた様子だ。しばらくしたら落ち着いた。昼前にお寺さんがお経を上げにきてくれた。お経が終わったら親父も安心したようで落ち着いて眠り始めた。昼に母が実家へ行った。その間は留守番。親父は時々唸っていたが、ほとんど眠っていた。しかし母が帰ってきて親父の様子を見たら尿がオムツから漏れているとのこと。やはり私では役に立たない。
金曜日(8/15)夕方、送り火を焚きに実家へ行った。少しの間留守番した後、しばし母と談笑。親父は落ち着いた様子だった。
土曜日(8/16)午前中、留守番に行った。実家に着いたとき看護師さんが来て、点滴注射をしているところだった。休日なのにありがたいことだ。看護師さんが話しかけると親父が反応する。安心しているようだ。母がお施餓鬼に行っている間、留守番していたが、親父はずっとおとなしくしていた。
日曜日(8/17)夕方、帰省してきた次男坊といっしょに見舞いに行った。少し遅れて五男坊もやってきた。親父は眠っていた。痛みもなく静かにしていたそうだ。帰りがけ目を開いていたので声をかけたら首を回して私を見た。母が「反応良いでしょ」と嬉しそうに言っていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月10日 (日)

親父の様子(8/10)

土曜日(8/9)午前中、母が出かけるので、留守番に行った。朝、実家に着いたとき流動食の最中だった。その後、母が、親父の歯磨きと洗顔、おむつ交換をして出かけた。母が留守をしている間、親父は時々唸るものの、ずっと静かに大人しくしていた。昼過ぎ、妻が流動食を準備して胃ろうをチェックしたら、朝食をまだ消化しきっていないことが判ったので、30分ほどずらすことにした。そうこうするうち母が帰ってきた。当たり前だが母の方が手際が良い。
日曜日(8/10)昼過ぎ、五男坊と見舞いに行った。ちょうど母が買い物に出掛けるところだったので、留守番することにした。親父は大人しく待っていた。母は小一時間で帰ってきたが、帰ってきたとたん親父が唸ってアピールしだした。そばにいて欲しかったのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 3日 (日)

親父の様子(8/3)

土曜日(8/2)夕方、五男坊と一緒に見舞った。親父は流動食の最中だったが、ずっと唸りっぱなしだった。結石が痛んでいるようだ。ここのところ、午前中は大丈夫だが、夕方になると痛みが出るとのこと。続けて鎮痛座薬を使うこともできず、就寝前だけにしているそうだ。流動食が終わって、ベッドを更に起こしたら唸らなくなり落ち着いた表情を見せた。姿勢によっても痛みぐあいが変わるのだろう。
日曜日(8/3)夕方、親父を見舞った。今日は、随分すっきりした顔、落ち着いた顔をしていた。目もはっきりしている。結石の痛みは無さそうだ。一安心だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月27日 (日)

親父の様子(7/27)

土曜日(7/26)昼過ぎ、五男坊と一緒に親父を見舞った。
金曜日(7/25)に妻が見舞ったとき、親父が熱を出していて入浴介護サービスを断ったのだそうだ。少し様子が気になって覗いたが、いつもと変わらない様子だった。点滴は続けている。結石も時々痛むようだ。母が座薬をうまく使ってコントロールしているようだ。
母によれば、熱を出したのも、入浴したくない意思表示だったのではないかとのこと。入浴介護サービスが帰った後はケロッとした顔しているんだよ、だそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月21日 (月)

親父の様子(7/21)

夕方、親父を見舞った。点滴をしていたので、ちょっと驚いた。胃ろうからの水分補給では、腹にたまってしまって流動食が摂れないことと、若干貧血気味とのことでの処置だそうだ。ほぼ毎日、看護士さんが来て点滴を打ってもらうとのこと。もう一つ、エアーマットが入っていた。マットに空気を循環させる、病院でも使われていたものだ。親父の汗は減ったそうだ。母が見るに、親父の体調は退院直後に比べて良くなってきているそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月13日 (日)

親父の様子(7/13)

土曜日(7/12)午後、母に用事があり、妻と五男と一緒に実家で親父のそばに居た。途中、水分を摂らせた。親父は時々唸ったが概しておとなしく、手の掛からない病人だ。母が帰ってきてからオムツを交換したら、尿に混じって結石が出ていた。出るときに痛くて唸っていたようだ。夕方、もう一度見舞ったときに聞いたら、母が痛み止めの座薬を使ったそうだ。母には親父の意志がよく解るようだ。
日曜日(7/13)夕方、妻と見舞いに行った。親父は相変わらず唸っていた。目も見開いていたので、母に痛いのだろうかと聴いたが「この顔は違うよ。ご機嫌なんだよね」だそうだ。尿に結石が混じっている状態は続いているが、尿はたくさん出ているようだし浮腫もないので腎臓自体は大丈夫のようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 6日 (日)

親父の様子(7/5)

土曜日(7/5)夕方、五男と一緒に見舞いに行った。少し話をしてから、母が親父を抱き起こして座らせた。背中が暑いだろうと時々座らせているそうだ。親父も座ると顔つきがしっかりする。五男が親父の背中に回って無邪気に肩たたきを始めた。直ぐに飽きて親父の横や前に回ったが、親父は目で追おうとしていた。適当な刺激だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月29日 (日)

親父の様子(6/29)

23日(夜)、親父の様子がおかしいと母から電話があった。23時を過ぎていたが往診を頼んだ。妻と実家に行ったが、親父は目を剥いて身体全体にも力が入っている。医師が到着して血圧をチェックしたり反応を確認したり、血中酸素濃度を見たが異常はない。そのうち親父が落ち着いてきたので、様子を見ることになった。結石が痛かったのではないかと思われる。
29日(日)朝、五男、帰省中の次男と見舞った。親父はごく普通に落ち着いていた。孫に話しかけられて微笑んでいるようにも見えた。一昨日夜にも目を剥き身体に力が入ったそうで、痛み止めの座薬を使ったらすぐに落ち着いたとのこと。親父は腎臓結石の持病があり、健康なころから時々激しい痛みがあった。今は痛くても言葉にできず身体を動かすこともできないので、こんな反応になってしまうのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年6月22日 (日)

親父の様子(6/22)

親父が退院できた。
16日(月)、妻からの連絡で、親父の体調が良く明日から流動食再開、週末には退院可とのこと。
19日(木)、20日(金)は仕事帰りに見舞ったが、親父は普段と変わらない様子だった。点滴もなく、流動食の後で、薬を水に溶いて注入しているだけとのこと。血圧も呼吸も全く正常。病院は完全介護だが、逆に母が手を出せす、親父と母のペースで物事を進められないもどかしさがあるようだ。
21日(土)夜、母を迎えがてら見舞いに行った。親父はもう退院用パジャマに着替えており、家にいたときと同じような感じだった。母が親父の世話をする看護士さんを手伝ったら、スムーズにことが運んだとのこと。看護と介護の違いがあるのだろう。消灯間近になって看護士さんが「明日退院だね」と声をかけたら、一生懸命返事をしようとしていた。
22日(日)、昼過ぎに病院へ行って退院準備、ストレッチャーに乗り介護タクシーで帰宅した。退院時には看護士さんが親父に声をかけてくれ、親父も応えようとしていた。家では、妻と妹が待っていてくれた。帰宅したら親父の緊張具合が全く違う。親父も母も自分たちのベースでの介護に戻れる。見るからに安心している様子だ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年6月15日 (日)

親父の様子(6/15)

親父が腎臓の炎症を起こし入院した。元々腎臓結石、尿管結石の持病があり、悪化してしまった。
まずは9日(月)、体調が思わしくないようだったので、医師の往診を頼んだそうだ。
10日(火)には往診2回、11日(水)には尿管にカテーテルを入れたとのこと。この日は往診3回、会議先から直行していただいたり、深夜に来ていただいたり、本当にありがたいことだ。
12日(木)には血圧が測定できないほど下がってしまい、2回目の往診の時、病院への連絡紹介、救急車の手配をしていただいたそうだ。母と妻が付き添ったが、スムーズに搬送、診察、入院ができたとのこと。
夜、病院に着いたら、診察してくれた医師から話も聴けた。5cm大の腎臓結石が左右にあり、尿管にも詰まっている状態、身体が不自由で不意に動いてしまうことから針で膿を出すこともできず、抗生剤と血圧を上げる薬の投与をするしかないとのことだった。
そうこうするうち妹夫妻も駆けつけてくれた。
20時過ぎになって薬が効いてきたのか、呼吸も落ち着き顔色も良くなり、静かに眠るようになった。完全介護であること、母の体力が心配であること、家の様子も気になることから一旦帰宅することにした。
13日(金)昼と夕方、母に電話で状態を聞いた。症状は落ち着き、医師も昨日に比べてずいぶん良くなったとの判断だったそうだ。母は朝一番で病院に出かけ消灯まで居たとのこと。2年前の入院時と同じ対応だ。帰宅後、母から様子を聴いたが、持ち直して安定したようだ。
14日(土)妻と五男坊が見舞ってくれた。親父は随分持ち直していたそうだ。
15日(日)妻、長男坊、五男坊と一緒に見舞った。妹も見舞いに来てくれた。親父は顔色も良く、よく眠っていた。血圧も呼吸も安定している。点滴や薬の量も減っている。看護士さんが血圧測定をするとき、親父は不自由ながら左手を浮かせて手伝おうとしていた。
持ち直した。ひとまず安心だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 8日 (日)

親父の様子(6/8)

昼過ぎ、ツツジの剪定に実家へ行った。なんのかんのと母と一緒に2時間ほど庭に出ていた。親父は昨夜からしゃっくりが止まらないそうだが、時々唸って母を呼ぶぐらいで、それほど手をかけさせている感じはなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月25日 (日)

親父の様子(5/25)

土曜日(5/24)朝、母を小学校の運動会に誘おうと立ち寄った。親父はうとうとしていたようだった。親父は2時間ほど一人で待っていたことになる。その間、何も変わったことはなかったそうだ。午後も2時間ほど留守番していたそうだ。母は「ちゃんと、そう言って出掛ければ、解っているから大丈夫なんだよ」と安心している。
日曜日(5/25)夕方、五男坊と見舞いに行った。運動会の様子を話したり、お菓子をもらったり。親父が私や五男坊を見る様子だと、左目で見ているようだ。右目は網膜剥離や白内障が進んでいたので、よく見えていないのだろう。ベッドから足を降ろして座らせてみたが、嫌がっているようだったので直ぐに寝せた。感情は解るものだ。五歳児は「お婆ちゃんの家に泊まる」と居残ってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月18日 (日)

親父の様子(5/18)

土曜日(5/17)夕方、見舞った。親父は流動食の最中だった。ベッドを起こしているとすっきりした顔をしている。
日曜日(5/18)午前中、母と五男と一緒にお墓の草取りに行って来た。出かけるとき声をかけて以降1時間半ほど、親父は静かに待っていたようだ。ほとんど眠っていたのかも知れない。その後、五男は実家に残り母に昼食をねだっていた。母も孫の食事の準備は嬉しそうだ。昼過ぎには、母と五男とトランプ遊び。親父はずっと半分眠りながら大人しくしていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 6日 (火)

親父の様子(5/6)

連休中、何回か母とは会っていたのですが、親父の様子を見に行っていなかったので、夕方の用事がてら部屋に上がり込みました。
ここ数日、ベッドを起こして座らせると小一時間、調子良くしているとのことでした。私がいる間にもベッドを起こしてくれたのですが、明らかに親父の表情が違います。ハッキリした目、口も閉じ表情も嬉しそうでした。眼鏡をかけると、ますますしっかりした表情になりました。身体が倒れてくる様子もないので、かなりの時間、座っていることができそうです。疲れてもと思いベッドを倒すと不満げな唸り声と表情になりました。
訪問介護は、今月から記録を残していってくれるようになったそうです。まだ2枚でしたが、コメントも書き込んであり、安心感が違います。ありがたいことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月27日 (日)

親父の様子(4/27)

昼前と夕方見舞った。昼前に行って用事でバタバタした後、帰るころには親父は流動食をもらいながらウトウトしていた。
夕方は買い物帰りに寄ったが、また流動食の最中だった。額に熱冷ましシートを乗せていた。少し熱っぽいとのこと。体温調整がうまくいかないのだろうか。
母も色々なところで親父の様子を訊かれるようだ。私もそうだが、何と表現して良いものやら。寝たきりで意志表示もうまくできないのだが、安定しているし顔艶も良い。適当な形容詞が見つからない。まあ、母も張り合いがあるようだし、適当に気分転換もできているようだし、ありがたいことなのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月20日 (日)

親父の様子(4/20)

夕方、用事で出かけた帰りに見舞いに寄った。親父は流動食をもらっているところだった。外は春真っ盛りで花も咲き蝶も舞っているが、親父は見ていないようだ。どうも車椅子を使うと足が突っ張って安定して乗っていられないとのこと。何か環境が変わることに抵抗しているのだろうか。車椅子を嫌がっていては、外へ連れ出すのは無理だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 6日 (日)

親父の様子(4/6)

長男坊、次男坊、五男坊の入学内祝いと、次男坊の引っ越し報告を兼ねて、実家を見舞った。昼前だったが、親父はいびきをかいて眠っていた。妻、長男坊、五男坊と母とでしばし歓談。介護の手伝いに来てくれるヘルパーさんが交代したようで、母は、親父が緊張しているのが分かると言っていた。
夕方、次男坊引っ越しのビデオを見せに、もう一度実家に行った。ビデオカメラをテレビにつないで、次男坊のアパートを報告。親父は流動食の途中だったが、ほとんど眠っていて反応はなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 3日 (木)

親父の様子(3/30)

朝、実家に用事があり出向いた。町内のお祭りの役員交代に伴い、預かっていた獅子頭はじめ道具類一式を次の役員宅へ運んだ。母と一緒にしばらく留守にしたが、親父はおとなしく待っていてくれた。
夕方、少しゆっくり見舞った。親父はしきりに唸っていたが、おむつを替えたら静かになった。母や私が声をかけると首を回し目で追う。顔艶も良い。体を自由に動かすことも意思表示をすることもできないのに「元気だよ」と表現できるような状態で安定している。母も世話を焼く相手があって、気が張っているようだ。ありがたいことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月23日 (日)

親父の様子(3/23)

土曜日(3/22)妻と二男坊と一緒に見舞った。親父はウトウトしていた。日の当たる部屋で母と4人でしばし歓談。母は孫のことも色々と心配してくれる。
日曜日(3/23)夕方から花見と称して、一族が集まり食事会。母は昼前から買い物や畑での野菜の収穫やらと、楽しそうに動き回っていた。実家の側の桜はほぼ満開。薄い色の桜なので、日暮れ時の色合いが良い。皆でワイワイやっていると、親父も目をしっかり開けて参加しているようだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月16日 (日)

親父の様子(3/16)

土曜日(3/15)五男坊の幼稚園卒園式の帰りに寄った。祖父母に卒園の報告をという意図だったが、親父は眠っていてうまく伝わらなかったかも知れない。五男坊は母に上手に甘える。一人で実家に残ってしまった。
日曜日(3/16)午前中、次男坊と見舞った。母は孫のためにも色々と気を使って立ち回ってくれる。世話を焼くのが好きなタイプだ。ありがたいことだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 9日 (日)

親父の様子(3/8)

暗くなってから、次男坊と見舞った。親父は流動食をもらっているところだった。母と3人で小一時間ほど談笑。会話の中で、母から、もう親父は座って机に向かうことはないだろう、との言葉も出た。現実はそのとおりだと思う。冷静に受け止めなければならないこともある。徘徊しないし介護保険もしっかり使えるしと前向きに捉える姿勢も見えた。気丈な母には安心感がある。親父は流動食中と終わってしばらくは唸っていたが、ベッドを平にしたら静かになって、帰る頃には眠っていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 2日 (日)

親父の様子(3/2)

高三息子達の卒業報告と雛祭りを兼ねて実家で夕食会。幼稚園児と先乗りしたとき親父は唸っていた。昔、親父が謡った謡曲のテープが見つかったとのことで、母が聴かせていたのだった。謡曲が終わった後の打合せの様子も録音されており、親父の声が聞こえる。親父には良い刺激になっているようだ。皆でワイワイ言いながら食事をしている間も、終わってからも親父はずっと唸っていた。おしっこが出ていたり、かまってもらいたくて唸っていたようだ。4時間ほどうるさくしてしまったが、これも親父には刺激になっていると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月17日 (日)

親父の様子(2/17)

土曜日(2/16)幼稚園の作品展に行くため、実家に母を迎えに行った。玄関で待とうとしたが、幼稚園児が「じいちゃんの様子を見に行く」と、すっと上がっていった。素直な反応だ。母は親父の尿取りパッドを換えていた。私が覗いてもウトウトしているだけだが、妻や幼稚園児の声には、唸って応答する。
日曜日(2/17)午後、親父の様子を見に行った。親父は水分をもらいながら唸っていた。ベッドを平らにして、母が話しかけていたら静かになってウトウトし始めた。母としばらく談笑。親父は時々目を開けていた。会話の中に気になることでもあったのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 3日 (日)

親父の様子(2/3)

暗くなってから、幼稚園児と見舞った。目的は豆撒き。妻が大須観音でいただいてきた福笹を持っていった。太巻きも。幼稚園児は大声で「鬼は外、福は内」と叫んで豆を撒いた。親父はうとうとしていた。昨夜は寝付きが悪かったそうで、眠たいのだろうと母が言っていた。帰宅後は自宅でも豆撒き。邪気が祓えますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月27日 (日)

親父の様子(1/27)

1/23(水)の深夜、母から「親父が高熱を出した。往診を頼んだ」と電話があった。私は酔っ払っていて対応できなかったが、妻が実家に行ってくれた。往診に来てもらって熱を下げる処置をしていただいたそうだ。妻にも医者にも頭が下がる。私は反省しつつ、感謝。翌朝、熱が下がったと母から電話があった。一安心。
1/26(土)、幼稚園児と見舞いに行った。親父は水分をもらっているところだった。水曜日夜は親父が激しく咳き込んで39度まで熱が上がったので往診を頼んだそうだ。翌日にも往診して点滴してくれたとのこと。投薬もして落ち着いたようだ。母も相当不安だったのだろう。親父の症状が落ち着くと母も落ち着く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月20日 (日)

親父の様子(1/20)

土曜日(1/19)午後、幼稚園児と母の家庭菜園の手伝いに行った。借りている畑の一角に梅の木があり適当に剪定した。その後、幼稚園児の要望で実家へ行った。トランプ遊びがしたいそうだ。じいちゃんとも一緒に遊ぼうかと言ったら、「じいちゃんはトランプできないでしょ。手は動くけど。やっかいな病気だね」。冷静に観察している。実家に着いたら、親父は水分補給の時間だった。火鉢に火をおこしている間トランプで遊び、その後で餅を焼いた。その間ずっと親父は落ち着いた様子だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月16日 (水)

献血(1/15)

Photo_200115_01職場に献血車が来たので、献血しました。
問診を受けて、缶のお茶をもらって、血圧を測って献血。400cc。献血終了後にジュースと、お土産に歯ブラシとクリアファイル他をもらいました。
献血手帳が献血カードに代わりました。プリペイドカードのような素材のもの。暗証番号も登録。紙よりは常時携帯するのに便利そうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月14日 (月)

親父の様子(1/14)

日曜日(1/13)、用事があって実家を見舞った。親父は、すっきりした、はっきりした顔をしていた。私が声をかけてもあまり反応しないが、母が声をかけると大きく目を開いて何か話したそうにする。顔色も良く母も嬉しそうだった。午前から昼過ぎまで母に用事があり、妹が親父の世話に来てくれていたそうだ。ありがたいことだ。
成人の日(1/14)、昼に幼稚園児と見舞った。親父は流動食の最中だった。流動食が終わっても居に落ち着くまでベッドを起こしたままにしておくのだが、しばらくすると親父が唸る。ベッドを平にすると静かにするのだそうだ。母が火鉢で餅を焼いてくれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 6日 (日)

親父の様子(1/6)

1/5(土)、午前中に見舞ったら、親父はマッサージを受けているところだった。ベッドに腰かけて肩や背中をマッサージしてもらい、足湯も使わせてもらっていた。マッサージ師さんと母との会話も弾んでおり、親父の表情も明るかった。聞こえているし分かっているように思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 3日 (木)

親父の様子(1/3)

1/2は、実家でお年賀。我が家族と妹一家が集まった。私たちは酒を飲み歓談。親父は流動食。しきりに唸っていた。賑やかなのも良いだろう。
1/3午前中に見舞った。親父は眠っていた。相変わらずの様子。午後もう一度見舞った時、ちょうど母が用事で出かけるところだった。ほんの数十分の留守番。親父ははじめ唸っていたが、そのうちうとうとし始めて、母が帰ってきたときには眠りについていた。よく眠る。手がかからないのは、介護する側にとって、すごくありがたいことだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

親父の様子(12/31)

大晦日(12/31)は、実家で我が家恒例のお年越し。仏壇、神棚を始め各部屋をお参り。親父も唸って反応していた。その後、母を囲んで団らん。
紅白歌合戦も半ばに来た頃、母が高三息子Aを誘って親父のシーツ交換を始め、少し遅れて妻、そして私が手伝いに行った。シーツ交換終了後、親父が私の手を握ってきた。手を離してくれないので、小一時間、手を握ってベッド脇にいた。親父はずっと私を見ていたし、何か言いたそうだった。周りで何をやっているのかは判っているようだ。自分の意志を伝えられないのがもどかしいのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月30日 (日)

親父の様子(12/30)

土曜日(12/29)年末でいろいろと用事があり、何回か実家へ行った。2回目のとき幼稚園児が付いてきて居着いてしまった。3回目、連れて帰ろうとしたがなかなか離れてくれない。幼稚園児にとってお祖母ちゃんは甘えられる存在だ。親父は時々唸っていたが、相変わらず大人しくしている。妹と姪も来ていた。
日曜日(12/30)、掃除や正月飾りの手伝いに中二息子達を行かせた。幼稚園児も付いていってしまった。しばらくしてから様子を見に行ったが、一応役に立っていたようだ。親父は眠っていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月24日 (月)

親父の様子(12/24)

12/24(月:天皇誕生日)、昼に実家に押し掛けて母を囲んで昼食会をした。クリスマス会だ。母から皆がプレゼントをもらい、妻から親父と母にプレゼントを渡し、会食。親父は流動食。日の当たる部屋は暖かく、話が弾む。親父も落ち着いた顔をしていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月16日 (日)

親父の様子(12/16)

土曜日(12/15)、日が暮れてから見舞いに行った。親父は流動食をもらっているところだった。母と話していたら、親父がしきりに唸っていた。流動食が終わり、身体を起こして座らせたら、とたんに機嫌良くなった。大きく目を開き、得意顔。話しかけたら笑みを返してくれた。話に加わりたいという意識が強いのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 9日 (日)

親父の様子(12/9)

土曜日(12/8)夕方、母に用があったので実家に行った。
母と話をしていたら親父がうなった。見に行ったら眠っていた。眠りは浅いのだろう。母が呼びかけたらすぐ目を覚ました。
顔色がすごく良い。母と話していたら眠そうな表情になっていく。子供が親の話し声を子守唄にして眠りにつく時のような感じだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 2日 (日)

親父の様子(12/2)

土曜日(12/1)夕方、妻と幼稚園児と一緒に、お歳暮を持って見舞いに行った。親父は眠っていた。
親父は眠りながらもうなり声を上げることがあった。幼稚園児が「じいちゃんが呼んでる」と言って見に行っては「寝てた」と戻ってきていた。
近所に住む祖母が来ていた。96才。足腰は達者だ。会話は、繰り返しになったり、認識がうまくいかなかったり、私が唐突にどこかの伯父さんになったりするが、性格の明るさからだろう、楽しく過ごすことが出来る。いつも一緒に過ごす家族は大変な面もあるだろうが、明るい老後の姿の一つだとは思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月25日 (日)

親父の様子(11/25)

11/24(土)、母が幼稚園児を連れて出かけたので、留守番にいった。母とは時々顔を合わしているが、実家に行くのは久しぶりだ。親父は午前中にマッサージがあり、しばらく座っていたそうで、よく眠っていた。途中何回か唸ったが、とくに世話をすることもなく(世話は出来ないのだが)過ごせた。母が帰ってきたら親父が唸って反応した。オムツを換えたら落ち着いた。
11/25(日)、夕方、用事がてら実家に行った。母と歓談。その後、幼稚園児のランドセルが届いた。昨日、母と幼稚園児でデパートに買いに行ったものだ。妻と幼稚園児が実家に見せに行った。じいちゃんにも見てもらった、ぎょろっと見たよ、とのこと。嫁や孫だと親父の反応が違うようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 4日 (日)

親父の様子(11/3)

11/3(土)、幼稚園児の自転車練習(ほぼ1時間乗りっ放し)の帰りに見舞いに寄った。幼稚園児が親父に声をかけたら、首を回して目で追いかけていた。先月は祭をはじめ行事がたくさんあって母もバタバタしていたが、今週は落ち着いた週だったようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月28日 (日)

親父の様子(10/28)

夕方、幼稚園児の自転車の練習に付き合った帰りに見舞いに寄った。親父は眠っていた。幼稚園児が「じいちゃんこんばんわって言ったら目を開けた」と言っていたが、私が見る限りずっと眠っていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月21日 (日)

親父の様子(10/21)

明日(10/21)は、実家がまつりの宿を出すことになっている。10/20(土)夕方、母と打合せをするために寄った。初め親父は眠っていたが、バタバタ打合せをしている間に起きたようで、帰りには薄目を開けていた。
10/21(日)、朝7時半頃に実家へ行った。母が氏子として神社へ行くため留守番とまつりの宿の準備だ。親父は朝の流動食が終わったところだった。母は親父の髭を剃ってから出かけた。母が出かけてしばらくの間、親父は唸っていたが、その後は静かにしていた。9時頃から宿の準備を少しずつ初め、10時頃から本格開始。10時半から子供獅子のお練り。11時半頃から片付け。実家で落ち着いたのは12時頃になっていた。親父は大人しく待っていた。夕方、母が再び神社へ行くので、留守番に行った。親父は大きな目を開けていたが大人しくしていた。母が帰ってきて、私がビールを飲んでいたら、親父はいびきをかきながら眠った。母が居ると安心できるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月14日 (日)

親父の様子(10/14)

午後、幼稚園児と一緒に見舞いに行った。親父はよく眠っていた。しばし母と談笑。幼稚園児は親父のベッドに上がり込み、マッサージだと言って足を触りまくっていた。親父は半分眠りながらされるがままにしていた。幼稚園児はお菓子とミルクコーヒーをもらい、私はビールをもらった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 8日 (月)

親父の様子(10/8)

母とは、一昨日(10/6)の幼稚園の運動会、昨日(10/7)の元気まつり守山で顔を合わせているが、親父の様子は見に行っていなかったので、夕方、見舞いに行った。親父はとても穏やかな顔をしていた。「出かけるときにそう言っておくと、おとなしく留守番していてくれるんだよ」だそうだ。「解っているんだよね」と話しかけていた。
今週、母が、親父の胃ろう(PEG)の交換予約に病院に行って来たそうだ。3時間待って医師に会い、交換の日を決めるには数分だったとのこと。病院が忙しいのは判るし、医師が判断しなければならないのも判るのだが、病人や年寄りを待たせるということは、予約システムか、病院か、社会か、どこかに狂いが出ているのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月24日 (月)

親父の様子(9/22)

夕方、見舞いに行った。母がしきりに親父に話しかけ、親父も唸っていた。孫(私の姪)に本を貸すのに、その在処を聞き出そうとしているとのこと。そうこうしているうちに姪が来た。母と姪で探したら目的の本は見つかった。親父も落ち着いた。姪が話しかけると親父の反応が違う。
母がビールを出してくれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月17日 (月)

親父の様子(9/15)

9/15は親父の誕生日だ。母の誕生日も近い。妻が誕生祝いのパジャマと夕食を用意して、一家で見舞いに行った。母が親父にパジャマを見せたら、親父の表情が明るくなった。
夕食後、親父をベッド上で座らせた。母が背中を支えていると暫くの間は座っていられるそうだ。今日は表情で反応がはっきり判った。喜んでくれたようだ。
入浴介護サービスのスタッフから手作りの誕生祝いカードが届いて、母が喜んでいた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 9日 (日)

親父の様子(9/9)

午前中、母と妻と幼稚園児の3人で、母が家庭菜園で育てたサツマイモを掘ってきた。大きなムカデがいたとか、包丁で切るのにどうしようかというぐらい大きな芋が掘れたとか、結構楽しんできたようだ。その間、親父はおとなしく留守番だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 2日 (日)

親父の様子(9/2)

9/2(日)夕方、幼稚園児と一緒に見舞いに行った。親父は相変わらず。突然、幼稚園児が親父のベッドへ上がり横になって「じいちゃん、こんにちは」と声をかけた。親父はうなり声で応えていた。何の気なしにこういうことができるのは、素晴らしいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月19日 (日)

親父の様子(8/19)

8/18(土)、母が家庭菜園でジャガイモとタマネギを収穫したらしく、朝、玄関前に置いてあった。豊作のようだ。
8/19(日)夕方、妻が作った食事をもって見舞った。親父も流動食の最中だった。しばらく話をしながら、ビールをいただいてしまった。やはり、ジャガイモとタマネギは豊作だったようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月15日 (水)

親父の様子(8/15)

8/6(月)、幼稚園児を実家に送り届けてから出勤した。お暮の法要が8/13の予定だったのだが、訪問介護の入浴日と重なるためお寺に相談したところ、8/6の朝に変更になったのだ。私も妻も仕事なので、出校日や部活と重なっていない高三息子B、中二息子A、幼稚園児の3人が一家総代として参加することにした。
8/12(日)、実家に一家で出かけた。妹一家も来て一緒に夕食を摂った。親父を車椅子に座らせて義弟と酒を飲んでいる側に居てもらった。「酒飲ましてやろうか」「肺にはいるからダメ」「酒に溺れるってやつか」と冗談を言い合っていたら、少し笑ったような気がした。車椅子に座らせていても少し足を動かすと、ずり落ちてきてしまう。時々持ち上げてやる必要があった。
8/13(月)、昼間に見舞いに行った。親父は眠っていた。昨夜は我々が帰った後、排便の世話をしてもらって、良く眠ったそうだ。
8/14(火)、昼間に見舞った。母は、母の実家に兄弟姉妹が集まったので、家を空けて留守だった。親父は眠っていた。時々うなっていたが手はかからない。しばらくしたら母が帰ってきた。今日は、午前中に介護があり、夕方には入浴サービスがあるそうだ。お盆の最中、ありがたいことだ。
8/15(水)夜、彦根散策の土産をもって見舞った。親父は少し長く座った後、排便の世話が終わった直後だったようだ。母と一緒にベッド上での体勢を整えた。体中が突っ張っていた。相当な力だ。その後も、手足を突っ張っていたが、母が声をかけたら、少し落ち着いたようだ。母は昼間、子供たちにスイカをご馳走してくれたそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 5日 (日)

親父の様子(8/5)

今週から、高三息子Bが昼間の勉強場所として実家に通っている。母が張り切って冷たい飲み物やおやつを出しているようだ。私の昔の写真も見たようで帰宅後にからかわれた日もあった。本当に勉強に行っているのだろうかと怪しんでしまう。母や親父には良い刺激だろう。
8/4(土)、実家の生垣を剪定した。母に親父が使っていた植木鋏を何本か出してもらって始めたが、かなり辛い。母が親父に電動の生垣バリカンを買ったらと言っても、親父は植木鋏で何日もかけて少しずつ刈っていたそうだ。私は、あっさり諦めてホームセンターへ生垣バリカンを買いに行った。MAKITAのMUH402という製品。半日で、生垣とツツジほかを一応刈ることができた。親父に声をかけたが、目も開いているし体を動かしているのだが反応は無かった。女性の声や幼い孫の声には反応するのだが。
8/5(日)午後、幼稚園児と見舞いに行った。親父は寝息を立てていた。昼も夜もよく眠るそうだ。車椅子が2台あった。1台は3月から置いてあるLEVO製の座面が電動で持ちあがり、直立できてしまうものだ。親父がこの車椅子を嫌うとのことで入れ替えるとのこと。もう1台はごく普通の介護用車椅子。こちらだと親父は長い間座っているそうだ。スイカをご馳走になった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年7月16日 (月)

親父の様子(7/16)

昼すぎ、幼稚園児と見舞いに行った。母も親父もうとうとしているところだった。ちょっと、タイミングが悪かったかな。
親父は相変わらず。母が言うには「他はどこも悪くなくて元気だよ」。親父が孫を見る目は落ち着いている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 1日 (日)

親父の様子(7/1)

6/24(日)午前、母が訪ねてきた。自家製の梅干しを持ってきてくれた。これから買い物に行くそうだ。張り切っており、疲れた様子は見えない。
7/1(日)夕方、母が取れたての野菜を持ってきてくれた。五歳児が「あとでじいちゃんの様子を見に来て~」と言い残して付いていってしまったので、しばらくして迎えに行った。親父は夕方の水分をもらっているところだった。倒れてから1年が過ぎた。症状は相変わらず。足が随分細くなっていた。足を入れてしまうベッドの柵には、レースのカーテンを加工したカバーが付けてあった。介護の人にも感心されたそうだ。五歳児は車椅子など目に付くもので遊んでいて、帰ろうとしない。仕方なく一旦帰宅。1時間ほどしたら本人から「迎えにきて~」と電話があり、迎えに行った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月17日 (日)

親父の様子(6/17)

6/17(日)夕方、父の日に妻と見舞った。プレゼントは食物繊維入りの清涼飲料水。以前、妻が探してきて試したら調子が良かったものだ。その後も続けている。親父は初め唸っていたが直に眠気がきたようだ。親父の足に押したような擦ったような傷があった。足を動かしてベッドの柵に入れてしまうそうだ。身体を斜めにして足を突っ張り、柵の隙間に入れてしまうとのこと。自由にならない身体がもどかしいのだろうか。親父の部屋は、南と北の窓を開けると涼しい風が通り、家の中で一番快適な場所だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月13日 (水)

中二息子がおたふく風邪(6/13)

五歳児のおたふく風邪、中二息子どもに遷っちゃいました。
6/6(水)夜、中二息子Aが発症しました。喉が痛いと言い出して、6/7(木)には用心して学校を休み、6/8(金)にかかりつけの病院へ行って、おたふく風邪の診断を受けました。
6/13(水)朝、中二息子Bが発症しました。喉が痛いと言い出したので、学校は休ませました。夜、かかりつけの病院へ行って、おたふく風邪の診断を受けました。
中二息子A、昼間は退屈しまくっていたようですが、一週間後に仲間ができちゃいました。遊び呆けそうな気配。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月10日 (日)

親父の様子(6/10)

6/10(日)、昼前に五歳児と見舞った。母が親父のひげを剃っていた。今朝はゆっくり眠っていたそうだ。ひげ剃りが終わった後、親父が唸って母を呼んでいた。どうも、オムツを換えて欲しかったようだ。
雨があがって日が射してから、母と一緒に、お墓の草むしりに行った。親父が20数年前に手当しておいた墓があるのだが、まだ何も手を付けていない。地面のままなので、時々草むしりをして維持している。
6/8(金)には、車椅子ごと介護の方が自動車に乗せて、近所の公園へ連れていってもらったそうだ。自動車で10分程度。芝生の広場へも入り込んだとのこと。肩より上は背もたれのない車椅子での外出だったが、大丈夫だったそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月 4日 (月)

救命救急講習(6/4)

Photo_190604_01職場で、救命救急講習を受けました。
「応急手当講習テキスト~救急車がくるまでに」と「応急手当講習テキスト~AEDを用いた応急手当」をテキストに、講義と実習。
実習は、人形を使っての、一連の救命救急措置を2人一組で行いました。
倒れている人を発見して、周りの安全を確認して、声をかけて呼吸を確認して、助けを呼んで救急車手配とAEDを持ってきてくれるよう頼んで、人工呼吸2回と心臓マッサージ30回を繰り返して、AEDが到着したらセットして心臓ショック、救急車がくるまで人工呼吸2回と心臓マッサージ30回を繰り返し・・・というようなシナリオです。
訓練だと判っているし、スムーズにできるかなと思ったのですが、ちょっとアタフタしちゃいますね。
人工呼吸はうまく空気を送り込めたのですが、心臓マッサージは初め感覚が判りませんでした。コツがいるのと、結構体力を使います。実際に救急車がくるまでだと平均で6分。10分ぐらいは覚悟しなければならないでしょう。大変な作業です。講師が言うには、スポーツ感覚でやらないと続かない・・・確かに。
ちなみに、昔、歩道に倒れていた人がいたので心配して声をかけたら、ホームレスの方が酔って寝ていたらしく逆ギレされちゃって、身の危険を感じて逃げたことがありました。変なこと思い出しちゃいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

おたふく風邪のその後(6/1)

五歳児が5/22(火)に発症したおたふく風邪のその後です。
結局、5/26~27の土日、五歳児はおたふく風邪が治らず外出不可。私はまたも、くしゃみ鼻水と戦いながら自転車いじり。
5/29(火)、おたふく五歳児を病院へ連れて行きましたが、腫れが引いていないとのことで、引き続き自宅療養。遠足(5/31)と、保育参観(6/1)は無理ですね。
6/1(金)、やっと病院でおたふく風邪完治の診断がもらえました。長かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月 3日 (日)

親父の様子(6/2)

先々週土曜日(5/19)のテレビ不調の原因は、共聴システムの柱上増幅器が一つ壊れていたそうだ。月曜日(5/21)の午後、回復した。
土曜日(6/2)夕方、妻と五歳児と一緒に見舞った。親父はちょうど夕食(流動食)の途中だった。相変わらずの様子。5/29に病院へ行きCTIを撮ったところ変わりなく問題無しだそうだ。病院は、親父が入院している頃は工事中のところが何箇所かあったのだが、きれいに出来上がっていたそうだ。妻が居ると母との会話が弾む。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月24日 (木)

おたふく風邪(5/24)

我が家で風邪が流行っています。
先ず、5/13(日)夜中、五歳児が嘔吐。翌(5/14)朝、病院へ連れて行ったら嘔吐下痢症との診断。流行っているとのこと。
続いて高三息子Bがダウン。発熱、嘔吐、下痢。しばらく空いて高三息子Aと中二息子Aが発症。全く同じ症状。妻も不調。
私は土日(5/19~20)が風邪でほぼダウン。くしゃみ鼻水発熱と戦いながら自転車いじり。何じゃらほい。平日は頑張って仕事しているけど、土日になると調子が悪い。
中二息子Bも土日は休養に当てました。
5/21(月)、高三息子Bは快復。高三息子Aと中二息子Aは、まだ本調子でないものの通学できるまでには快復。
5/22(火)、五歳児がおたふく風邪でダウン。
5/23(水)、妻も調子が悪そう。腹痛を訴えているが息子どもの弁当は作ってくれています。感謝。
5/24(木)、五歳児は頬の腫れは引かないものの、昨日あたりから元気らしく、妻がもてあましちゃっているらしい。かといって、腫れが引くまで(1週間から10日)は幼稚園に行かせられません。私は喉が痛い。また週末は体調不良なんだろうか。やだなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年5月20日 (日)

親父の様子(5/19)

5/19(土)夕方、母からテレビが映らないとの連絡があり、チェックついでに見舞った。親父は夕食が済んだところだった。目はキョロキョロしているが、相変わらずの様子だ。室内はふすまが張り替えられていた。さすがにプロに頼むときれいだ。網戸の張り替えも頼んだそうだ。
問題のテレビは共聴システムからの電波が届いていないらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月13日 (日)

親父の様子(5/13)

土曜日(5/12)、昼過ぎに行ったら留守だった。母が3時間ほど内職(編物)の関係で出かけていたそうだ。親父の世話だけでは煮詰まるので内職の毛糸編物は続けている。
火曜日(5/8)に病院へ行って胃ろう(PEG)の交換をしたそうだ。15分ぐらいで終わったとのこと。往復ともストレッチャー対応の介護タクシー。親父の目線からも外が見えたそうで、キョロキョロ周りを見ていたそうだ。
日曜日(5/13)、母の日でもあり、昼前に妻が母にと寿司折りと花束を持っていった。妻が帰ってきてからの感想は、母が元気だってことと、家の中が片付いていて風通しも良く気持ちよさそうだってこと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 6日 (日)

親父の様子(5/6)

5/3(木:憲法記念日)、午前中、中二息子Aと五歳児が母の家庭菜園の手伝いをしたので、子守りがてら付き合った。母は、減らした減らしたと言いながらも結構な広さに植え付けている。収穫は一度に来るので食べきれないのだが。
夕方、畑の水やりに五歳児が付いていってしまった。なかなか帰ってこないので畑に迎えに行ったが居ない。実家へ行ったら、ちゃっかりアイスクリームをもらっていた。親父は相変わらずの様子だった。
5/5(土:こどもの日)、夜、一家で見舞った。去年までは我が家に招いて、こどもの日の会食をしていたのだが、今年は妻の発案で実家に押し掛けることにした。妻が手巻き寿司を用意し、子供たちと手分けして運んだ。親父も様子が分かるのか、顔が明るいような気がした。私は冷酒をいただいた。親父が倒れる以前から冷蔵庫で冷やしてあったものだ。親父に「変わりに飲んでやるでな。処分に困ったらいっくらでも飲んでやるぞ」なぞとと戯れながら美味しくいただいた。親父が普段眠りにつく時間より随分遅くまで賑やかしたが、親父も、うぅと唸りながら一緒に楽しんでいるように思えた。
5/6(日)夕方、見舞った。五歳児が付いてきた。昨夜は親父はよく眠ったそうだ。親父の様子は相変わらずだが、母が声をかけると目で追う。五歳児がわがままを言っているのも目で追っているようだった。帰りには五歳児の「バイバイ」に微笑んだような気がした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月30日 (月)

親父の様子(4/30)

4/28(土)、借りたい道具(巨大金槌)があって実家へ行った。道具を借り、返した後で親父の様子を伺った。寝たきりなのに、母が「相変わらず元気だよ」と言うぐらい安定している。その後、母に頼まれて浄水器の交換を行った。浄水器が必要な水道水ではないように思うのだが、気のものか。帰りに親父を見たら眠っていた。土曜日はマッサージがあるので、よく眠るのだそうだ。
4/29(日:昭和の日)、夕方、外出予定が無くなってから缶ビール1本を片手に見舞いに行った。もう施錠もしっかりされていた。親父は流動食が終わったところだった。親父の前で母とたわいもない話をしながら缶ビール。しばしゆったり。帰り際、親父に「ビールが無くなったから帰って続きを飲む。また来るね」と声をかけたら、ニヤッと笑ったような気がした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月22日 (日)

親父の様子(4/21)

節句飾りを出すのに、一部実家に置いてあるものがあるので、五歳児を連れて取りに行った。私は何度か往復したが、五歳児は着いていきなり母に甘えてジュースとお菓子。そのまま居着いていた。親父は相変わらずの様子。親父と五歳児を間にして、しばし母と歓談。
長男どもが使っていたベビーラックの残骸が押入にあった。懐かしい。マットが無くリサイクルショップに出すこともできない。廃棄するための準備をした。
今週、親父は車椅子での外出はできなかったようだが、落ち着いてはいたようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月15日 (日)

親父の様子(4/15)

4/11(水)~13(金)は、私も妻も仕事の調整がつかず、母に、五歳児の幼稚園の迎えをお願いした。母ははりきっていたようだ。五歳児に聞いたら随分遊んでもらったらしい。「お爺ちゃんはどうしてた」と聞いたら「爺ちゃん、病気」と素直な返事。
Photo_190415_014/15(日)、サイクリングの帰りに見舞いに寄った。親父は相変わらず、顔色も肌つやも良い。母はたくさん話したいようで、しばし話し相手になる。藤が満開。親父にも、車椅子に乗せて見せてやりたいが、次に介護の人が来てくれる予定は火曜日。天気に期待したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 8日 (日)

親父の様子(4/8)

実は、この週末、私は親父を見舞っていない。
土曜日は、私が帰宅したら、妻が、姪の入学祝いの赤飯のお裾分けを兼ねて見舞いに行っていた。母といろいろ話し込んできたようだ。帰宅後、妻が言うには、親父は顔色も肌つやも良く健康状態は倒れる前より良いようにも感じるとのこと。
日曜日は、午前と午後の2回、母が訪ねてきた。午前は選挙に行ってから買い物に回ったそうだ。買い物先で親戚に会って話し込んだので、早く帰らなきゃと少し楽しそうだった。午後は、家庭菜園の収穫物を持って訪ねてきた。また何か植えると言っていた。それも楽しみのようだ。
親父は、倒れる前は選挙を一度も棄権したことがない。母は、なんとか投票できないかと選挙管理委員会(区役所)に聞きに行ったそうだが、こればかりは無理だろう。医療の進歩に制度が追いついていないことは多々あるが、これもその事例の一つだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 1日 (日)

親父の様子(4/1)

春分の日(3/21)、五歳児の自転車の練習の途中、見舞いに寄った。妻も母と話し込んでいたし、五歳児もしっかり上がり込んで焼き餅をご馳走になった。親父のうなり声が聞こえたとき、五歳児が「じいちゃん、かわいい~」。おとなしくしているから良い子なんだそうだ。
十日ぶりの土曜日(3/31)、妻、五歳児と見舞った。ちょうど、マッサージが終わったところだった。今日はうつぶせでマッサージしたのだそうだ。ずっと寝たきりなのに床ずれも起きていない。マットの進歩には驚きだ。少し離れた窓からは桜が見えるのだが、一昨夜の雨風で散ってしまっていた。親父は桜が満開の時に、車椅子に乗せてもらって見たそうだ。介護の人が「桜が見れたね」と話しかけたら「あぁ」と返事をしたそうだ。
日曜日(4/1)夕暮れ、五歳児と見舞った。日没のころは桜が良い雰囲気なので、缶ビールを1本持っていったのだが、散ってしまった後なので、ほとんど口実。親父は胃ろうから食事をもらっていた。しばし母と話をしながら、ゆっくりさせてもらった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月18日 (日)

親父の様子(3/18)

久しぶりに親父を見舞ったが、眠っていた。
Photo_190318_01Photo_190318_02車椅子が新しいものに変わっていた。座面が電動で持ちあがり、直立できてしまうものだ。背もたれも低い。左側写真が座る状態、右側写真が立ち上がった状態。
これに親父が乗ったのだそうだ。直立体制にしたら、周りをグルグル見回していたそうだ。感心してしまう。横になっている親父からは想像が難しい。
車椅子は、LEVO製。携帯空気入れまで付いている。
訪問介護やらマッサージは、火木土だけ頼んでいるとのこと。完全に母のペースで回っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

頭頂部(3/18)

床屋へ行ってきました。髪を切ってもらって後ろ側の仕上がりを鏡で見せてもらったとき、頭頂部が・・・う、薄い・・・。
認識はしていたものの、見せつけられるのはショック。
Photo_190318_03実は、3/9東京本部へ中部の活動成果を報告した際、パワポに使われた会議風景写真、私の薄い頭頂部がしっかり写っていてショックだったのです。が、鏡で見るのはもっとショック。
親父も薄かったし、仕方ないんですけどね。
それにしても合わせ鏡でなければ見られない所だけ薄いとは。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 4日 (日)

親父の様子(3/4)

昨日(3/3)日没後、妻と一緒に見舞った。私は2週間ぶりだ。桃の節句なので、母に小さなケーキを届けた。私は缶ビールを持ち込んでちょっと一杯。親父の顔色は良い。往診でも体調は全く問題ないそうだ。かえって健康体なのだろう。CDラジカセが新調されていた。母が探したら、親父が入手していたCDが数枚あったそうだ。親父の周りで母と妻が話をしていると、親父も加わりたそうに、あぁうぅと声を出したり、体を動かそうとしたりしていた。
今日(3/4)、子守り散歩(五歳児は補助輪付き自転車、私は徒歩ときどきダッシュ)の行きがけに寄ったら、ちょうど母が買い物に出かけるところだった。親父にはクラシック音楽(ベートーベンのCDらしい)を聞かせているとのこと。以前、落語を聞かせると笑うんだよと言っていたので、落語のCDを渡した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月18日 (日)

親父の様子(2/18)

昨日(2/17)朝は、母も一緒に五歳児の幼稚園の作品展へ行った。当然その間は親父は留守番。作品展の後も午前中は母は出かけていたようだ。
今日(2/18)、親父の夕食(胃ろうへの流動食)の時間帯に見舞った。しっかり目を開け、顔つきも随分しっかりしていた。しきりに左腕と左足を動かし、うぅうぅと唸っていた。母に昨日の留守番後の様子を聞いたが、全く平気なようで「半日ぐらいなら大丈夫だよ」だそうだ。バレンタインデーに妻が「チョコレートって訳にもいかないから食物繊維入りの飲料をあげたよ」と言っていたが、母がそれを「一日に半分ずつあげたらウンコの調子が良いんだよ。下剤を使わなくて済んだんだよ」と喜んでいた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

緑内障無料検診(2/18)

愛知県眼科医会第2回「緑内障無料検診」に行って来ました。
遠近両用眼鏡を作ってからも度が進行しているらしく、見え方が悪くなってきました。この年になって度が進行するのも気持ち悪いし、親父が網膜剥離や白内障を患っていることもあり、ちょっと気にしていたのです。
そんな折り、土曜日(2/17)の中日新聞に「愛知県眼科医会の緑内障無料検診」の広告が。
近所の眼科医院を探して出かけました。非接触眼圧測定の結果は、左右とも21mmHg。ギリギリ正常値だそうです。細隙灯顕微鏡検査、無散瞳での眼底検査の結果は異常なし。安心しました。
へんな勧誘があるわけでもなく、気持ちよく検査をしていただきました。非常にありがたいことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月12日 (月)

親父の様子(2/12)

昨日(2/11)昼前に見舞った。というか、親父から譲り受けたスーツのうち、オーダーメイドの2着は私の身体に合わなかったので、返しに行った。母はいろいろと話をしたいようだ。しばらく話し相手になった。母は午後からエンドウの苗を買いに行くと言っていた。野菜作り(畑仕事)はもともと親父の趣味だったが、母も楽しみにしている。時々我が家にも取れたての野菜を持ってきてくれている。親父は眠っていた。
今日(2/12)、子守り散歩(五歳児は補助輪付き自転車、私は徒歩ときどきダッシュ)の帰り、日暮れ時に見舞った。五歳児はいきなりお菓子を探している。母はおばあちゃんの顔だ。なんのかんの言いながらも嬉しそうだ。親父は目を開けていたが、はっきりした反応はなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年2月 4日 (日)

親父の様子(2/4)

木曜日(2/1)、風邪で近所の医院に行った帰り、自転車(ママチャリ)で走ってくる母に出会った。歳とったなぁという感じはあるが、颯爽と自転車に乗っている。片道30分ぐらいは平気で乗り回しているようだ。親父は留守番。
土曜日(2/3)、日が暮れてから五歳児と一緒に見舞い、豆撒きをした。母が親父の手に豆を一粒握らせた。未だ自由に手を動かすことができない。何かを伝えたいのか、ずっと唸っていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 3日 (土)

血管年齢(2/2)

職場で、頚部超音波検査(頸動脈硬化度判定)、脈波等計測機器、腹囲計測(メタボリックシンドローム検査)を受診しました。というか、呼び込まれちゃいました。
頚部超音波検査では、頸動脈に異常見られず。
脈波等計測で出てくる血管年齢は、実年齢より1歳若く判定されました。
腹囲計測は82cmで要注意。77cm~85cmが要注意で、85cm以上が危険ゾーンだそうです。77cm以下だと細すぎて別の病気じゃないかと思うのですが。
世の中、メタボリックシンドローム・シンドロームですねぇ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

風邪で町医者へ-その2(2/3)

風邪が直りません。薬を飲みながら北陸出張(1/29~1/30)はこなしましたが、1/31は午後から仕事を休んで自宅で寝てました。
それでも快復せず、2/1は有給休暇をもらって、もう一度、医院へ行ってきました。自転車だと転けそうな気がするし、自動車だと狭い道に入り込まねばならず熱っぽい状態では運転したくありません。そこで、徒歩10分強。
意外に空いていて、あまり待たずに診察してもらえました。抗生剤を「メイアクトMS錠」から「クラビット錠」に変えて様子見です。これで直らなかったら検査だぞ、と言われました。
2/2は出勤したものの熱は下がらず、マスクをしっぱなしで執務。能率が上がりません。早々に定時ベルサッサを決め込みました。
2/3は大分楽になったので、大須観音参りに付き合いました。まだ咳は止まりませんが快復の方向だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月28日 (日)

親父の様子(1/28)

昨日(1/27)夜、高二息子Aがスキー合宿の土産を持って実家へ行った。「じいちゃんに顔を見せてやったか」と聞いたら、「挨拶したら目を開けてああと唸った。だいぶしっかりしてきている」と言っていた。でも、悲しくなるから見たくないというのが感想だそうだ。
今日(1/28)昼前、実家へ行った。ちょうど母が玄関から出てきたので立ち話。変わりなく過ごしているそうだ。親父は南窓からの陽がベッドにかかっていて気持ちよさそうだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月27日 (土)

風邪で町医者へ(1/26)

風邪です。市内出張の昨日(1/25)日没頃から疲れがドット出てきて、調子悪いなぁと感じていたのですが、今朝(1/26)からは風邪の症状が出始めました。
鼻の奥が腫れている感じ、喉の痛み、ちょっと熱っぽい感じ。
仕事はいっぱいあったのですが、さすがに定時近い頃から辛くなってきて、残業は早めに切り上げることにしました。
帰宅後、熱を測ったら37.0度。子供たちにうつしたらいけないからと妻に命じられ近所の医院へ行きました。医院は狭い道の奥だし駐車場は少ないし薬局には駐車場はないし、雨の中を自転車には乗りたくないし、ということで徒歩10分強。
診察の後、解熱剤と抗生物質と咳止めと鼻水止めと炎症止めを処方してもらいました。夜の時間帯でも診察してくれる町医者は助かります。
土日にしっかり治さなければ。
雑感1・・・大病院って午前中しか診察してくれないので、こういうとき困ります。町医者頼りです。
雑感2・・・医院と薬局が分離されてから不便になりました。幼い子供を診察してもらっていた母親がいましたが、診察終了後、薬局に行く間、医院の駐車場の車中に幼い子を一人で待たせたまま雨の中を薬局まで往復ダッシュという方法しか取れなかったようです。医院と薬局の分離は正しい方向だったのかどうか疑問に思ってしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月21日 (日)

親父の様子(1/21)

月曜日(1/15)、親父の姉夫妻が実家へ見舞いに来てくれ、妻と五歳児も同席したそうだ。遠方からありがたいことだ。親父にも良い刺激になったことだろう。
昨日(1/20)夕方、五歳児と一緒に見舞いに行った。親父は眠っているようだった。母も変わらず元気だ。もう、すっかり日常になっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月14日 (日)

親父の様子(1/14)

土曜日(1/6)夕方、実家へ行って母と立ち話をした。親父は排便がうまく行かないようだ。しばらく出ていなかったそうで「だいぶ溜まっていたから出してあげたら御機嫌良いんだよ」だそうだ。排便の世話は大変だと思う。
一週間ぶりに今日(1/14)昼前、五歳児と実家へ行った。親父は眠っていた。便も下剤が効いてうまく出ており、体調も落ち着いているそうだ。ベッドの起きあがる機構と相性が悪いようで、腰を痛がるとのこと。近々、ケアマネージャーが対処を考えてくれるそうだ。「落語のテープを聴かせると笑うんだよ」と言っていた。「治ってまた飲めるようになったらその時に買えばよいから」と、倒れる前に旅行先で買ってきた日本酒と焼酎をもらった。よく味わって飲もうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 4日 (木)

親父の様子(1/4)

元旦、母と一緒に母方の実家へ行っている間の3時間強、親父は留守番だった。帰りに覗いてみたが、落ち着いているようだった。年賀状を母が親父に読み聞かせたそうだ。
正月2日、夕方から妹一家と一緒にお年賀。こっちは酔っぱらっているものだから、妹の夫(年上の義弟)と一緒に、10時頃まで「じいちゃんじいちゃん」と声をかけて過ごした。親父も迷惑そうにするでもなく、目をキョロキョロさせていた。
正月3日、夕方実家へ寄ったら、親父は夕べぐっすり眠っていたとのこと。夜遅くまで起こしていたのが良かったのだろうか。昼前にマッサージがあって、終わったら眠ってしまったので、母は近所の神社とお寺に初詣に行ってきたそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

親父の様子(12/31)

金曜日(12/29)、中一息子AとBを実家の手伝いに派遣した。五歳児が付いていってしまった。家の周りの掃除、ガラス拭きを手伝っていた。私は14時過ぎに障子の張り替えに行った。ちょうど往診があった。特に問題ないようだ。ガラス拭きが終わった息子どもに古い障子剥がしを手伝わせながら2時間。かなり賑やかしくしたが、父は落ち着いていた。
土曜日(12/30)夕方、実家に行って玄関にしめ縄を飾った。ちょうど、母が買い物に出かけるときだった。午後にマッサージと入浴サービスがあり、終わった後は親父は眠っていたそうだ。妻は、母がいっそう元気になってきたと言う。母は世話を焼くのが好きなタイプ。今は親父の世話をしているのが張り合いになっているのだろう。
大晦日、暗くなってから我が家全員で実家へ行った。神棚と仏壇を始め各部屋をお参り。昨年までは親父が中心だったが今年からは私が名代。その後、母を囲んですき焼き。除夜の鐘が鳴り出すころ、親父に留守番していてもらってお寺へお年越しに行ってきた。
なるべく、去年までと同じように過ごした。その方が親父にも良かろうと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月24日 (日)

親父の様子(12/24)

火曜日(12/19)夜、母に用があって実家へ行った。妻が一足先に行っていた。用もそこそこ、母と妻が、親父がしゃべったと、はしゃいでいる。親父を見舞ったら土日に見たときと明らかに顔つきが違っていた。私が話しかけると返事をしようとする。笑ったりうなずいたりする。こんなにはっきりした応答は初めてだ。
土曜日(12/23)朝、実家に寄った際には、親父は眠っていた。妹が来ていて母の話し相手になっていた。
日曜日(12/24)、クリスマス会と称して家族みんなで実家に行った。五歳児が「じいちゃん、こんばんわ」と声をかけたら、親父は「あぁあぁ」とまるで「こんばんわ」と言うように声を出した。血圧の薬を止めてから、意識がしっかりしているそうだ。久しぶりに周りを賑やかしくしてしまった。口にアイスクリームをほんの少し含めさせたら、旨そうに口元を動かした。今にも食事ができそうな雰囲気だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月17日 (日)

親父の様子(12/17)

土曜日(12/16)、日暮れ前、五歳児といっしょに見舞ったら妹が来ていた。オムツを大量に買い込んで運んだのだそうだ。親父に、知多四国八十八箇所巡りの納経帳を見せた。顔の前で一頁ずつ見せたが反応がよく判らない。母や妹は、判ってるよ、声出しているよと言うのだが。
日曜日(12/17)朝、母が畑(家庭菜園)の収穫(芋掘り)に五歳児を連れていくというので、五歳児を送っていった。親父がベッドで唸っていた。母が、どうしたのと聞きながら、顔を拭いたり髭を剃ったりしたら落ち着いた。毎朝やってもらっていることは、きちんとやって欲しいようだ。親父らしい反応だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月10日 (日)

親父の様子(12/10)

土曜日(12/9)、昼前に見まいに行った。ちょうどマッサージが終わったところだった。親父は気持ち良さそうに眠っていた。母が親父が着ていたスーツやジャンバーをくれた。多少ウェストや裾のサイズが合わないが、充分着られそうだ。ありがたく着用させてもらうことにする。
今日(12/10)午後見舞ったら、いきなり母につかまり、親父が着ていたセーターなど、昨日にも増して持たされた。息子たちとも分け合おう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 3日 (日)

親父の様子(12/3)

外出(床屋)の帰路に見舞った。胃ろうから水分をもらっていた。相変わらずの様子だが、足や手を動かし、声を出そうとしている。
金曜日(12/1)は幼稚園で発表会があり、妻と一緒に母も見に行ったそうだ。土曜日(12/2)の夜には、お寺に用があって出かけたとのこと。「畑にも行っているし、2時間ぐらいなら平気だよ、ねぇお父さん」だそうだ。女性は強い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月26日 (日)

親父の様子(11/26)

木曜日(11/23勤労感謝の日)、妻と五歳児と見舞いに行った。マッサージが終わったところだった。顔色がよい。胃ろうからスポーツドリンクを補給。ベッドを横にしてしばらくしたら、親父が唸りだした。嫌そうな痛そうな表情だ。母が親父の腹をさすったら落ち着いた。2日ほど便が出ていないとのこと。身体が動かないので、うまく出ないのだろう。
今日(11/26)、五歳児と見舞いに行った。オムツ替え、着替えの直後だったようだ。様子は変わらず。知多四国八十八箇所巡りの話、篠島や日間賀島へ渡った話をしたが、反応は鈍い。五歳児の声や動きは目で追っているのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月19日 (日)

親父の様子(11/19)

金曜日(11/17)の夜、妻が親父の様子を「横になっていると普通に寝ているだけのように見える。退院した頃より随分しっかりしてきたみたい」と言っていた。
日曜日(11/19)、五歳児を連れて見舞いに行った。留守だったので合い鍵を取りに帰ってもう一度行ったら、母が帰ってきていた。畑に行って大根とサツマイモを収穫していたそうだ。母は親父に「畑に行って来たよ」から始まって畑であった色々なことを話しかけた。最後に「判った?返事は?」。小さな子に話をしているのと同じだ。
オムツ換えの時、身体を支えるのを手伝った。親父が少し抵抗したように感じたので、「見とらへんよ」と声をかけたらおとなしくしていた。
五歳児が「おじいちゃん」と声をかけると微笑んだように感じた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月12日 (日)

親父の様子(11/11)

土曜日(11/11)、母に用があって午後外出する。妻にも妹にも用があって、私が留守番に行くことになった。五歳児と中一息子Bに付き合ってもらった。母が出かけるとき親父に話しかけたら、親父は頷いていた。判るようだ。五歳児が話しかけても目で追うが、私が話しかけるとあまり反応はない。
母が出かけるときにベッドを倒して出て行ったが、親父の機嫌が悪そうだ。喉に唾が溜まっているような感じ。ベッドを起こすと自分で嚥下して落ち着いた。また倒すと唾が溜まる。ベッドを少し起こしておくことにした。途中で唸ったのでオムツを見て尿取りパッドを1回交換した。
夕方、用が済んだ妻が来てくれた。更に小一時間して母が帰ってきた。母が帰ってくると親父の表情が明らかに違う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 5日 (日)

親父の様子(11/5)

金曜日(休日11/3)、昼前に妻五歳児と見舞った。姪が来て「おじいちゃん」と声をかけたら泣きそうな顔をした。五歳児が「おじいちゃん」と声をかけても泣きそうな顔。返事できないことが歯がゆいのだろうか。
土曜日(11/4)、午後五歳児の自転車(補助輪付き)散歩に付き合って見舞ったら、母が不在、玄関に鍵がかかっていた。散歩して2時間後に寄ったら、まだ不在。帰宅後しばらくして見舞ったが、まだ不在。暗くなってから行ったら、やっと会えた。「お父さんのお昼を済ませてから玉葱の苗を買いに行って、一度帰ってお水をあげて、それから畑に行っていたんだよ」だそうだ。親父の顔を覗いたら、いつもと同じようにしていた。
今日(11/5)は母に用があって日中外出することになった。その間、妹が来てくれていた。昼に様子を見に行ったときは、親父の昼食が終わったところだったようだ。夕方様子を見に行ったときに聞いたら、「時々うなるのでどうしたのだろう思ってオムツを見るとおしっこが出ているんだよ」だそうだ。妹は母によく似ている。なんだか安心だ。今回は私や妻が出る幕は無さそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月29日 (日)

親父の様子(10/29)

今日(10/29は昼前に五歳児を連れて見舞った。休日に五歳児の散歩がてら見舞うのがパターンになってきた。
月曜日に予定されていた予防注射は、往診の時に熱があったそうで、1週間ずらしたとのこと。熱の方は処方された薬を飲んだらすぐ下がったそうだ。
どうも、母はよく用事に出かけているらしい。お寺で御詠歌だとかで、出ていたようだ。「おとうさんに「お寺さんに行って来るね」というと頷くんだよ」だそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月22日 (日)

親父の様子(10/22)

昨日(10/21)は夕暮れ時に五歳児を連れて見舞った。五歳児が「じぃちゃん」と声をかけたら首を動かして姿を追っていた。五歳児は「じぃちゃんが見た」とうれしそうな声を出していた。その後、母にも今日の子供会行事(スケート体験)の話をしていた。じぃちゃん、ばぁちゃんには、幼い孫は一番の薬かな。
今朝(10/22)、母が、親父がやっていた家庭菜園から野菜を持ってきてくれた。そのあと見舞いに行って話を聞いたら「玉葱を植えなきゃ」。親父が入院していた頃は、借りている畑を返そうと考えていたのに、介護生活が慣れてきたと言うことなのだろう。
妻に聞いたら、退院してきた頃は毎日数時間行っていたそうだが、母のペースが整ってきてからは一日おきに長時間にならないように配慮しているそうだ。夕食用におかずを持っていったりしているとのこと。介護する方も介護をサポートする方も、リズムが整ってきたようだ。
明日、月曜日には往診があって、肺炎(?)の予防注射をしてくれるとのこと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月15日 (日)

親父の様子(10/15)

今日(10/15)は町内の祭りの関係で、朝から何度か実家に出入りした。その都度、親父の顔を見た。妻や子も出入りして大分バタバタしたが、親父にも祭りの感じは伝わっただろうか。子供獅子の「元気を出して、ワッショイ!」が聞こえたろうか。
夕方、母が氏神さまへ餅投げの手伝いに行っている間、親父のそばについていた。ずっと唸っていた。話しかけても唸っており、何を要求しているのか判らない。母なら判るのだろうが。
昨日(10/14)は午前中、母が氏神さまの清掃とのことで、五歳児と留守番がてら見舞いに行った。親父のそばにいたが、何をするというわけでもない。午後には妻に留守番してもらったが、やはり何も要求はなかったそうだ。おとなしい良い患者なのだろう。
私が話しかけてもあまり反応はないが、妻や五歳児が声をかけると反応がある。なんだかなぁ。
平日には、妻と五歳児が様子見に行ってくれているようだ。五歳児にとっては、おばあちゃんからお菓子をもらえるのが楽しみのようだが。

| | コメント (0)

2006年10月 9日 (月)

親父の様子(10/9)

今日(10/9)は、夕方、五歳児と見舞いに出かけた。母は、近所の方と外で立ち話をしていた。親父は相変わらずの様子で、落ち着いていた。
昨日(10/8)は、昼前に様子を見に行った。顔色も良く落ち着いている。母は「留守番お願いねと言うと頷いてくれる。昨日は3回留守番してくれていたよね」なんて言っていた。
使いにくかった方の車椅子は返したそうで、無くなっていた。
火曜日(10/2)には、病院に行き検査を行ったそうだ。妻経由で聞いたところ、脳の周囲の髄液は増えもせず減りもせずの状態とのこと。入院していたときより顔色も良く、問題なしとのこと。
親父は、「元気」なわけはないのだが、「元気だよ」という言葉が出てきそうなぐらい症状が落ち着いている。母も負担感は少ないようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 1日 (日)

親父の様子(10/1)

昨日(9/30)は、暗くなってから五歳児と見舞いに出かけた。親父は夜の流動食も終わり、落ち着いていた。
今日(10/1)は、午後明るいうちに見舞った。
先週は、屋外用車椅子で玄関先まで出たそうだ。妻も五歳児もいたとき。我が家の近所は蚊が多いので、ちょっと大変だったようだ。
車椅子は、屋外用のものの方が使いやすいそうだし、屋内屋外を兼用で使っても問題ないことも判り、1台に減らしてもらうようにしたとのこと。その方が正解だと思う。やってもなければ判らないことは多い。
庭木や生け垣が手つかずだったのだが、頼んで相当刈り込んでもらったそうだ。かなりすっきりして明るくなった。親父は自分でやりたかっただろうが、無理なものは無理。
母は、親父に留守番を頼んでおいて買い物にも行っているそうだ。母が言うには「買い物に行ってくるよと言うと声を出して頷くし、帰ってきたら声を出して返事をするよ」。母の気分転換にもなるのだろう。
10月から、訪問介護を2日に1度に減らしてもらうそうだ。母にとっては、自分のペースで介護したいようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月24日 (日)

親父の様子(9/24)

親父、母とも何事もなく落ち着いていた。
火曜日(9/19)には五歳児が通う幼稚園で敬老会があり母が参加した。一緒に工作をしたそうで作品を見せてくれた。幼稚園での五歳児の様子など楽しそうに話していた。
昨夜(9/23)は、妻が夕食用にと我が家で作ったちらし寿司をお裾分けした。妻は、親父の顔が締まってきており、静かにしていたら麻痺が判らないぐらいだと言っていた。今日(9/24)見た感じでは、そこまでは言い過ぎかなとは思うが、確かに顔つきがしっかりしてきている。
母が、屋内用の車椅子の肘掛けが邪魔で乗せにくい、外せないかと言っていた。肘掛けはボタン操作で下に降りるようになっているのだが、母も介護担当の方も気づいていなかった。背もたれがしっかりしているのは良いが取り外しができないため、ベッドから移す時に邪魔になるそうだ。車椅子というのも、座り心地だけでなく患者の状態や介護のしやすさまで考えなければならないから、難しいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月18日 (月)

親父の様子(9/18)

一昨日(9/16)、昨日(9/17)と、少し親父の様子を見に行った。症状は相変わらず。だが、母の表情は随分明るい。
火曜日(9/12)に母に用事があり、妻が留守番をした。そのとき、介護入浴サービスがあったそうだ。3人で慣れた作業だったとのこと。あれよあれよという間に準備ができて、気持ち良さそうに入浴して、あれよあれよという間に撤収。すごく手際が良かったそうだ。
木曜日(9/14)には、室内だけだったが車椅子に乗ったとのこと。病院にいたときのように身体が突っ張ることもなく、車椅子に移ったそうだ。
金曜日(9/15)は、親父の誕生日。妻が寝巻き代わりの作務衣を持って行った。妻が帰った後で包みをあけて作務衣だと判り、母が親父に見せたら、親父は涙を流したそうだ。感謝の言葉を伝えられないので、涙で表現したのだろうとは母の解釈。母は今度の通院のときに着せると喜んでいた。
そして今日(9/18)は敬老の日。台風の影響で子供たちの野球が無くなり、珍しく家族全員が揃ったので、迷惑だろうとは思いつつ全員で夕食を持って見舞いに行った。皆で食事をしていたら親父は笑顔だったように感じた。母も妻もそう言っていた。普段にない賑やかしさだったので、親父は疲れたかもしれないが、こういう機会も必要だろうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月10日 (日)

親父の様子(9/10)

昨日(9/9)、今日(9/10)と、五歳児と一緒に親父の様子を見に行った。
症状は相変わらずではあるが、随分落ち着いているようだ。
インドマッサージがすごく良いらしい。手も足も綺麗になっている。倒れる前よりよっぽど綺麗だ。健常者が頼むと60分で5000円とのこと。
病院だと全て揃ってはいるが選択肢は限られてしまう。自宅介護だと介護メニューを選ぶことが出来る。親父の場合(というか世話好きな母の場合)、自宅介護を選んだのが良い方向に働いているようだ。母の表情にも疲れは見えていない。
平日は、妻が時々覗いてくれている。妹と同時になることもあるそうだ。皆が顔を見せるだけでも、母や親父にとっては良いことだと思う。ありがたいことだ。
昨日(9/9)は、姪(親父にとっては外孫)が来てくれたとのこと。親父はさぞうれしかったことだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 3日 (日)

親父の介護(9/3)

夕方、五歳児と実家に行ってみた。
親父は眠っていた。昨日試した蛍光灯のカバーを付けた。和室用のペンダントライトだが、ベッドに上向きに寝ると蛍光灯が直接目に入る。障子紙を使って、下側を覆い、蛍光灯を隠すようにした。多少は良いだろう。
今日も、インドマッサージが来てくれたそうだ。麻痺している右手の攣った感じが見た目にも減っている。効果が見えている。
<先ほど、Webサイトの方に、6月28日に父が倒れてから、8月28日に退院するまでの記録を掲載しました。>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 2日 (土)

親父の介護(9/2)

昼前に実家に行ってみた。
部屋の中が片付いており、小物の配置が工夫されていた。実際に介護をはじめてみると、やりやすい配置、道具が判ってくる。
介護認定は、「要介護5」。訪問介護は毎日1時間ずつ来てくれるそうだ。ベッドや車椅子を借りても点数は余裕だそうだ。
母は、病院より自宅介護の方が楽だと言っている。
夜、母が町内会の集まりに行かなければならないので、もう一度、実家に行った。
昼間、マッサージに来てくれたそうだ。インドマッサージだとのこと。介護も、何だかすごい事になっている。
親父が流動食のチューブに腕を引っ掛けたようで抜いてしまった。病院ならベッドの柵に手を縛られるところだ。何かうまい工夫はないだろうか。
母を手伝って、シーツと寝巻きとオムツを交換。一人では大変だろう。
母が出かけるころには、親父はスースー眠っていた。まだ時間が早い。
母が酒の肴を用意してくれていたので、焼酎を少しいただいた。
妻も子供たちの世話が一段落したところで来てくれた。帰宅した母としばし談笑。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

風邪(9/2)

10日ほど前から、咳が出だしました。直に直るだろうと思っていましたが、昨夜から今朝にかけては体調不良です。
妻に説得されて近所の内科・小児科医院へ行ってきました。
見事な風邪と診断されたようです。抗生剤と咳止めと痰切りと気管支拡張剤。
真面目に飲んで早よ直そ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月31日 (木)

親父の介護(8/31)

親父は、8/28に退院し在宅介護になった。寝たきりの状態。
これから先は、気づいた事があった都度、blogに記録を残すことにする。退院後は、私の帰宅時間が親父が眠る時間帯になってしまっているので、今日(8/31)現在、見舞いに行けていない。
子どもから親父の様子について感想が聞けた。
高二息子Bは退院・帰宅時に親父の様子を見ている。「じいちゃん、判ってるぞ。能の曲を聴きながら左手と左足が動いとった。あれは舞っていると思う。右手も二の腕は動いとった。直るんじゃないか。」とのこと。
高二息子Aは、会う前は、「俺、見たくない。泣けて来ちゃう。」と言っていたが、聞いたら「落ち着いているみたいだよ。」と冷静に話してくれた。
妻は、親父の様子を見て、病院にいるときより身体に変な力も入っていないしリラックスしているみたいだと言っていた。親父は幸せだとも言っていた。自宅介護が良い方向に働いているようだ。
訪問介護の人が来てくれたとき、母から連絡があり妻が立ち会ったそうだ。病院の看護師と違って手際が悪かったとのこと。とは言っても、介護の手が増えるのは歓迎すべき事だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

献血(8/31)

職場に献血車がやってきました。これまで気にはしていたのですが挑戦したことがなかった献血。折角の機会ですから血を採っていただくことにしました。
問診票(マークシート)を書いて、ジュースを飲みながら手続き待ち。手続き終了後、献血車へ移動して問診。どうも顔色とかを見ているようでした。採血して血液型をチェック。O型だろうとは思っていましたが、やっぱりO型でした。
いよいよ献血。リクライニングした椅子に座って、結構太い針を刺されました。400mL。後から献血した方の方が先に終わっちゃいました。ちょっと、出し惜しみしていたようです。私。
献血終了後、紙パックコーヒーをもらって、しばし休憩。献血手帳をいただきました。
Blog_180831_1_1 ちょっと、世の中に貢献できたのかな。誰かの役に立つのかな。少し良い気分です。
ん。献血手帳のサイズ、カードサイズと違うんですね。財布のカード入れに入れておこうと思ったんですが。
   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月28日 (月)

親父、倒れる・退院(8/28)

8/28(月)朝、妻に実家の部屋を片付けておくよう言われた。確かに少し雑然としている。中一息子達に手伝わせて整理した。
昼ごろ、介護タクシーで親父が到着した。ストレッチャーのままで移動してきた。介護タクシーの人2人にお願いして、門、玄関から自宅へ入れた。親父はキョロキョロしつつも落ち着いているようだった。
早速、昼食の流動食を準備した。
親父が流動食を摂っている間、母、妻、妹、私の子供たちと昼食会をした。退院祝い。
その後、親父の枕元で母と妹と妻がワイワイ話をしていたら親父が唸った。五月蠅いと伝えたかったようだ。三人が親父の側から離れてワイワイやっていたら、親父が唸っているのにも気づかず。親父が唸ってるぞと伝えたら、三人でやってきて「寂しかったのかね」だと。ひとしきり親父の世話を焼いた後またワイワイやっていたら、親父が五月蠅いと唸った。そんな様子を見て一安心もした。
倒れてから丸2ヶ月。これから在宅看護が始まる。母は、不安より安心感の方が大きいようだ。母の負担がそれほど大きくなければ良いと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月27日 (日)

親父、倒れる・迎え入れ準備(8/27)

8/27(日)朝、母から親父を介護する部屋の蛍光灯が調子悪いから見てくれとの頼みがあった。スイッチ周りの清掃とグロープラグ、ひもを交換。電源コードが車椅子の通路を横切る箇所があったため、畳の下を通すように工夫した。まだ、工夫しなければならない所がいくつかあるが、親父が帰ってきてからでも良さそうだ。
今日は、親父が倒れたときに練習していた能の教室の公演があったそうだ。母が会場へ向かい、世話になったお礼と親父の様子を伝えたとのこと。その間は妹が病院に詰めていてくれた。しかし、母が病院に着いたとき親父はご機嫌斜めだったそうだ。親父は甘えん坊になっているようだ。
夜、見舞いに行ったときには、親父は母に能のテープを聞かせてもらって落ち着いていた。
昨日、追加で注文しておいたベッドの転落防止柵が病院に届いていたので、持ち帰った。身の回り品も持ち帰ったので、明日の退院の際には最小の荷物で済みそうだ。実家で受け入れ準備をしておくことにする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月26日 (土)

親父、倒れる・ベッド搬入(8/26)

8/26(土)、在宅介護用にベッドと屋内で使う車椅子が到着した。ベッドはパラマウントの3モーターのしっかりしたもの。室内移動用の車椅子はカワムラサイクルのもの。
ケアマネージャーと業者の人が3人。ベッドの組み立ては大変だった。結構人手がかかる。
実際にベッドを入れて、車椅子を動かしてみると、予想とは違った問題が見えてくる。車椅子の動線は、やってみないとわからない。私が車椅子に乗って妻が押して、車椅子とベッドとの移し換えを試してみた。空の車椅子では問題なかった段差が越えられない。ベッドに移すスペースも確保しなければならない。
試行錯誤して、ベッドの位置は3回ずらした。先週、中一息子に手伝ってもらって運び込んだ箪笥の位置も変えることにした。退院した後では大変だ。前もって試して良かった。
ドアノブの出っ張りが邪魔になることも判った。ガラス障子が車椅子に当たりそうで危険だ。段差解消が必要な場所もある。業者の人に頼んで見積もりを作ってもらうことにした。
夜、親父を見舞った際、在宅で使う吸引器、処方された2週間分の流動食を持ち帰った。着々と退院準備が進んでいる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月25日 (金)

親父、倒れる・退院の準備-2(8/25)

8/25(金)、脳のCTを撮ったとのこと。頭蓋骨内側の髄液は減っているそうだ。血液検査の結果も異常ないそうだ。
退院後は、10月2日に障害者手帳の手続きに必要な診察、12月の終わり頃PEGの交換を行うとのこと。
退院のときには、2週間分の薬と食事が処方されるそうだ。それ以降は、自宅の近所のクリニックで処方してもらうことになる。
病室の照明を落としたあと、母が話しかけたときに親父が発した声は、言葉になりそうな感じだった。言葉が戻ってくるのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月24日 (木)

親父、倒れる・退院の準備(8/24)

8/21(月)、親父がシルバー人材センターの紹介でやっていた庭園管理の仕事現場に残っていた道具を、母と妹で引き取り、妹が実家まで運んだそうだ。
夜、私が見舞いに行ったとき、親父は顔色も良く、落ち着いていた。オムツ交換の後、すぐ眠りについた。
==========
8/22(火)、今日は病棟の入退院が多く看護士さんが手一杯だったそうだ。親父の世話は、母がほとんど行ったとのこと。手間のかからない患者と良く動く付き添いのようだ。
リハビリに行くときに乗る車椅子も、深く腰掛けられるようになり、楽に座っていられるようになったそうだ。使う車椅子は背もたれの長いタイプ。
==========
8/23(水)、いつものように夜見舞ったが、随分すっきりした顔をしていた。今日は、お風呂に入れてもらったそうだ。気持ちよさそうな顔で帰ってきたとのこと。そのせいもあったのだろう。
リハビリ後、母が車椅子で病院エントランス脇の売店、正面玄関外の小公園とかに連れて行ったとのこと。車椅子に座っていると腰が前にずれてくるのだが、それを自分で直そうとするそうだ。
消灯前のオムツ交換を手伝った。その後、母に、孫(妹の娘)が出演した能の写真を見せてもらっていたが、喜んでいるように感じられた。
自宅で使う吸引器と車椅子が病室に届いていた。
==========
8/24(木)、夜見舞ったら眼鏡をかけていた。テレビの時代劇をちらちらと見ていた。眼鏡をかけるとはっきりした顔立ちになる。
今日は、病院のケアマネージャー、在宅介護のケアマネージャー、先生、看護師長、看護師、訪問介護の担当の方3人が集まって打合せをしたとのこと。介護のプランを練ってくれるそうだ。思った以上に大人数の目が入る。ありがたいことだ。
退院は、8月28日の昼前の予定。退院時には、親父の移動のほか荷物を運ぶのも病院側でやってくれるそうだし、介護タクシーの方にも2人で来てくれるよう頼んである。私は妻と受け入れ準備をすれば良さそうだ。
看護師さんがオムツ交換、身体の向き換えをしてくれた。さすがに手際が良い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月20日 (日)

親父、倒れる・妻子と見舞い(8/20)

8/20(日)、妻と五歳児を連れて見舞う。3時間も長居してしまった。途中で身体の向き変えとオムツチェックが2回。妻も立ち会ったが、2時間おきという頻度の多さから母の介護の負担を気にしていた。
我々が見舞う前に、親父の姉が見舞ってくれたそうだ。
親父は、首を動かして周りをみようとしているようだ。五歳児の声や動きに反応している。回復してきているのだろう。
夜、母を迎えがてら見舞った際には、随分落ち着いているようにみえた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月19日 (土)

親父、倒れる・ベッド搬入準備(8/19)

8/19(土)、実家にて、ベッドを搬入するスペースを準備した。中一息子たちと五歳児が手伝ってくれた。
夜、見舞ったときは、いつものようだった。しばらくしたら嫌そうな表情になったのでベッドを平らにした。その後、母がオムツ替えするのを手伝った。オムツは暑いだろうなと思う。オムツを交換したら、落ち着いたような表情になった。
ベッドが入る場所を準備したよ、と話し掛けたら、理解したような感じだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月18日 (金)

親父、倒れる・介護用品の手配(8/18)

8/18(金)夜、いつものように見舞ったら、親父が嫌そうな顔をしていた。見るからにベッドの折れる位置と腰の位置があっていない。すぐベッドを平らにした。
今日、ケアマネージャーと介護用品の業者がきて、在宅介護に必要となる用品を見繕ってくれたそうだ。搬入は8月26日の予定。
母に何が搬入されるか聞いたがはっきりしない。知り合いのケアマネージャーが手配してくれているので安心しきっている。ありがたいことなのだが。事前に準備しなければならないことはなさそうだ。
流動食が親父用に処方されたものに変わったそうだ。カロリー量とかが計算されているらしい。
8月24日にケアプランを立てるようだ。退院準備は着々と進んでいる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月17日 (木)

親父、倒れる・意思表示(8/17)

8/16(水)夜、いつものように見舞おうとしたら、母から電話。オムツ換えも流動食も自分でやって消灯前に帰る、迎えは要らないとのこと。強い。翌朝、看護士さんに聞いたら、あれだけ出来ていれば十分だよって言われたとのこと。
==========
8/17(木)、親父は随分しっかりしてきた感じがした。母が身体をさすっていると、母の腕を握ったり、痛みがあると嫌だというような声を出したりした。
医師が、もう少し我慢をすれば家に連れて帰ってもらえるよと言ったら涙ぐんだとのこと。意思表示が少しできるようになってきたようだ。
脳に髄液が溜まっている件については、別の医師が、割とあることだから心配しなくて良いと言ったそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月15日 (火)

親父、倒れる・お盆(8/15)

8/12(土)午後、親父がシルバー人材センターの紹介でやっていた庭園管理の仕事現場から、母と妹で道具を家まで運んだそうだ。
母はオムツ換えも歯磨きも流動食も、看護師さんに見ていてもらいながら、やったそうだ。吸引は看護師さんにやってもらっているとのこと。
夜、私が見舞いに行くのは消灯前の時間帯。母は看護師さんと一緒に、オムツ換えと身体の向き換えを行う。その後、親父は眠りにつく。母を連れて帰宅。そういうパターンが出来上がってきている。
==========
8/13(日)、母方の祖母宅でお盆行事があり、親父の名代で母と参加した。祖母を囲んでの食事会。
久しぶりに、おじ、おばと話しをした。親父の話題には余り触れなかったが、短い言葉で励まされもした。やさしい人たちだ。
その間は、妹が病院に行っていてくれた。母は、久しぶりにゆっくりできたと言っていたが、食事会終了次第いそいそと病院に向かった。
夕方、実家で迎え火を焚いてから病院へ。
今日はオムツ交換を見ることにした。赤ちゃんのオムツ交換と一緒だが、身体が大きい分、大変そうだ。一人でやるには技が要りそうだ。
==========
8/14(月)朝、お盆なので、実家にお寺さんが来てお経をあげてくれた。親父が倒れたことを伝えたため、朝一番に来てくれた。
いつもどおり、夜、見舞った。今日は、看護士さんに見ていてもらいながら、母が吸引もやってみたそうだ。一人でのオムツ交換もやったそうだし、母は、介護にだいぶ自信を持ってきている。
==========
8/15(火)午後、妻、中一息子達、五歳児と見舞った。
子供達の声に親父は反応しているようだ。五歳児が近づくと目で追っているようにみえる。
母と妻と私で、パジャマ上着を交換した。結構大変だった。
親父は医師の問いかけに返事をした。医師が「初めて」だと言っていた。今日、MRIを撮っており、医師から話があった。右側の頭蓋骨の内側に髄液がたまっているとのこと。前回の撮影の時には無かったそうだ。左手の麻痺が悪化している様子もないため、しばらく様子を見るとのこと。いろいろなことが起きる。
夕方、実家で送り火を焚いてから病院へ。親父はいつものような感じだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月11日 (金)

親父、倒れる・退院の日程(8/11)

8/10(木)、今日から夏休みをとった。
実家のガレージ周りを若干整理した。介護用の荷物の出し入れが楽になるようにと。暑くて実働5時間ぐらいでバテる。
母から電話があり、28日退院の方向で介護の練習をするとの話があったそうだ。早いな、とも感じたが、かといって9月のはじめなら良いのか9月の中旬なら良いのかということもない。
夜、見舞ったとき母から、医師の問いかけに反応したこと、車椅子に乗せて廊下に連れ出したら周りを見ていたことを聞いた。刺激は必要なのだろう。
==========
8/11(金)、夜、見舞ったら、左脇に大きな枕を抱えていた。ユーモラスではあるが、ちょっと引いた。話し掛けたら、「おお」と返事があった。今日は、反応が良かったそうだ。食事で体力が付いてきたのだろうか。
自宅介護になったら、父母のボランティア仲間のケアマネージャーが見てくれることになった。病院のケアマネージャーからの引き継ぎの段取りも進みだした。ありがたいことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 8日 (火)

親父、倒れる・介護の手ほどき-2(8/8)

8/7(月)、今日は、リハビリで車イスに30分座っていたそうだ。ベルトを付けなければならないが、以前よりしっかり座れていたとのこと。
母は看護師さんに付いて身体を拭いたそうだ。オムツ交換は看護師さんによってやり方が違うことまで指摘していた。
時々昼間に、妹や母の姉妹が来てくれているそうだ。土曜日には母の姉妹とランチに出かけたとのこと。良い気分転換になっていると思う。
==========
8/8(火)、今日もリハビリに車イス30分。べッドから車イスへの移動するときに身体が硬直するような変な力は減ってきたそうだ。
母は看護師さんに見ていてもらいながら歯磨きもやったそうだ。吸引だけは難しそうだとの感想。
今日、妹が見舞いに来ていた間にオムツ交換と身体の向き換えがあったそうだ。妹は、手際の良さに感心し、なるほどと納得していたとのこと。
母が中心、妻と妹がサポートするという介護になるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 6日 (日)

親父、倒れる・介護の手ほどき(8/6)

8/6(日)、休日だが色々あって夜にしか見舞えなかった。
親父は胃ろうからの流動食も消化できており、便も良く出るとのこと。
母は看護師さんと一緒にオムツ交換をしている。母が親父の頬や顎をマッサージする姿は、ネコをあやすようにも見える。
子どもをあやすみたいに楽しそうにやっているようにも感じられる。そんなことはないのだろうが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 5日 (土)

親父、倒れる・母が泊まる(8/5)

8/3(木)、昨夜は母が泊まった。
夜中は、2時間ごとに身体の向き変えただけだったそうだ。あまり手のかからない患者らしい。
朝、親父が目覚め、母がいるのがわかったら涙を流して泣いたそうだ。うれしかったのだろうか。
母は、胃ろうからの食事の入れ方、身体の向きの変え方、口のゆすぎ方も、見て覚えたそうだ。おしめ交換は実際にやってみたとのこと。
今日は点滴も終わり胃ろうからの食事だけになったし、車イスにも座ったそうだ。
これからは、リハビリと介護の練習がメインになっていくのだろう。
==========
8/4(金)、母の手元にオムツ交換、胃ろう栄養といったマニュアルがあった。病院がくれたのだそうだ。来週から練習するとのこと。
すでにオムツ交換や身体の向き変えは、看護師さんといっしょにやっている。母は、そんなに大変じゃないよ、と言っている。
今日、区役所の福祉の担当者が来てくれたそうだ。介護認定の手続きも進んでいる。
==========
8/5(土)、妻、五歳児と親父を見舞う。外は猛暑だが病院内は当然過ごしやすい。避暑でもある。母の話し相手が出来たように、2時間も長居してしまった。
途中、母が看護士さんとオムツ交換の実践練習をした。妻は一緒にやると言ったが、親父が嫌がるのではないかと伝え、今日は止めにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 1日 (火)

親父、倒れる・介護認定手続き(8/1)

7/31(月)夜、見舞ったらベッドを少し起こしていた。
母がケアマネージャーから、介護認定の手続きに入るようにと言われた。また、一度泊まって夜の介護を見ておいた方がよい、と勧められたとのこと。
介護の仕方を教えてくれる段階になってきた。母は、朝から消灯までの介護を見ているなかでは出来そうだとの感触を持っているようだ。
母を乗せて帰りの車中、長男が脳梗塞で寝たきりの父を刺殺したとのニュースを聞いた。介護の母を楽にしたかったとのことらしい。よほど大変だったのだろうか。
母が毎日病院通いするのと、自宅で介護するのと、どちらが楽なのだろうか。
==========
8/1(火)、母が区役所へ介護認定の手続きに行った。親父と母のボランティア仲間のケアマネージャーが手伝ってくれ、関連の健康保険などの手続きもスムーズにできたとのこと。ありがたいことだ。
今日から少しずつ流動食も始まったそうだ。
明晩は母が泊まることにし、病院に手続きをした。母が親父に、明日は泊まるよと言ったら頷いていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月30日 (日)

親父、倒れる・子供と見舞い(7/30)

7/29(土)夜、見舞ったら随分すっきりした顔をしていた。鼻からの管が無くなった分、楽なのだろう。痰も出ていないようだ。
==========
7/30(日)、中一息子ども五歳児と見舞う。着いたら親父は眠っていた。眠りながらも左手でパジャマの胸元を握り上にあげようとしたり、左足を立て膝したりしている。夢でも見ているのだろうか。
看護士さんが点滴交換と体の向きを変えにきてくれた。おむつを交換するとのことで、私と子供たちに外へ出るよう促してくれた。細かなところまで配慮してくれている。
部屋に戻ったら、親父は寝ぼけ顔だった。孫たちの会話にもほとんど反応がなかった。寝ぼけていたのだろう。
中一息子どもは、自然に対応してくれていた。そして状況を冷静に見ているようだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月28日 (金)

親父、倒れる・経皮内視鏡的胃ろう造設術(PEG)(7/28)

7/27(木)、母を通じケアマネージャーに、転院ではなく少しでも長くこの病院にいて介護の講習をしてもらって直接自宅介護に移る方向で考えてもらえないかと相談をした。ケアマネージャーも医師と相談してくれることになった。
経皮内視鏡的胃ろう造設術(PEG)に先だって胃カメラで検査した。病室に帰って来て看護士さんが退室した後、親父はぼろぼろ涙を流して泣いたそうだ。辛かったのだろう。そのとき、医師が診察にみえて母と話をし、親父の様子から見ても転院せず直接自宅介護に移った方が良さそうだと判断してくれたそうだ。
ひとまず安心。あと一月もすれば、親父の症状もだいぶ落ち着いてくるだろう。
==========
7/28(金)、経皮内視鏡的胃ろう造設術(PEG)を行った。
手術は短時間で終わったそうだ。その後、声を出したり手足を動かしたり、少し興奮した状態が続き、夜、私が見舞いに行った頃にやっと落ち着いたとのこと。朝は平熱だったのが、タ方には熱があがったそうだ。簡単な手術とはいえ、負担はあったのだろう。
鼻からの管は外されていた。痰もほとんど出ない。そちらの負担は軽くなったようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月25日 (火)

親父、倒れる・熱が下がらない(7/25)

7/23(日)、あまり状態は変わっていない。
私が行けない時に妻が見舞ってくれている。その時には中一息子が五歳児の面倒を見ながら留守番してくれている。家族皆が少しずつ協力してくれている。ありがたいことだ。
==========
7/25(火)、私が話しかけても余り反応はない。母が話しかけると応えようとする。母によれば、医師の問いかけにも応答したそうだし、看護師さんにも声を出して応えたそうだ。
熱は下がらない。経管での栄養がとれず、点滴に頼っている状態が続いている。抗生剤も続けて投与されている。
7/28に、経皮内視鏡的胃ろう造設術(PEG)を行うことになった。このままでは体力が落ちてしまうので致し方ないのだろう。親父が少しでも楽になると良いのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月23日 (日)

洞性徐脈(7/21)

健康診断の結果が返ってきました。
心電図に経過観察マークが。「日常生活に注意を要し、経過観察を必要とします。」だそうです。
いつもの「不完全右脚ブロック」かと思いきや「洞性徐脈」。なぬ?
早速、調べてみました。「とろい心臓」「リズムを作っている部位自体は正常なんだけど、リズム自体がちょっととろいんだよなぁ」という心臓だそうで、『「一般には治療の必要はない」というのは医者をやっているものとしては常識』だそうです。
「持久力を必要とするスポーツをしている人に共通の傾向」とかって、自転車通勤(しかも最近あまりできていない)でしか身体を動かしていない私が何故に。今回初めての指摘だし。
きっと、健康診断の時、私の心臓がサボっていたのでしょう。
参考サイトで一番わかりやすかったのは、『Medic須田の「できるかぎり答える医事相談室」』でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月20日 (木)

親父、倒れる・ケアマネージャーとの相談

7/20(木)午前、ケアマネージャーと相談が出来た。こちらは、母と妹と私。
現在入院している病院は緊急医療の病院であり容態が安定するまでしか居られないこと、現在入院している病院から直接自宅介護に移るには家族の負担が大きすぎること、在宅にせよ入所にせよ介護に入るまでのつなぎとして転院を考える必要があること、転院先としてはリハビリ系の病院と療養系の病院があること、リハビリ系の病院には発症から2ヶ月以内に転院しなければ受け入れられなくなること等が判った。
こちらからは、介護負担が少なくなるようにリハビリを希望すること、最終的には自宅での介護を考えたいこと、自宅介護のための知識や手技を教えてくれる病院であることを前提に、転院先を当たってもらうことをお願いした。
社会復帰を目指すリハビリではなく、介護負担を軽減するためのリハビリを目的として、そういう患者を受け入れてくれるリハビリ系病院、そういうリハビリをやってくれる介護系病院を探すことになる。
親父が倒れてから3週間。2ヶ月という期間はあっという間に来そうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月19日 (水)

親父、倒れる・回復の兆し-2

7/19(水)夜、見舞ったら、尿道に入れていた管が外されていた。今日は、車椅子に3時間も座っていたそうだ。ちょっと驚き。どんどんリハビリ訓練が進められている。
疲れもあるのだろう、意識がはっきりしているときと、ぼうっとしているときがあるようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月18日 (火)

親父、倒れる・回復の兆し

7/18(火)夜、見舞ったら、随分しっかりした顔つきになっていた。
今日は、医師の呼びかけに応答したそうだ。名前を呼ばれて返事をしようとしたり、手を握ってと言われて握り返したとのこと。リハビリで背付きの車椅子に乗って、外を眺めさせてもらったりもしたそうだ。
まだ熱は下がっていないが、少しずつ回復に向かっているようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏風邪・続

五歳児は熱が38°もあるのに、元気。下痢は残っており、トイレの間隔が短い。幼稚園の終業式は欠席。でも元気。熱に強いタイプ。
私はちょっとふらつくので熱を計ったら36.5とか36.8°。微熱とも言ってくれない。哀。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月17日 (月)

親父、倒れる・回復のわずかな兆し

7/17(月・海の日)、中4日ぶりに親父を見舞うことができた。
朝、母を送りがてら会ったときには、私が来たのが判ったようだった。五歳児と同じぐらい手間がかかるねぇ、と意地悪を言ったら微笑んだようだった。右手右足も少し動かしている。熱は上がったり下がったりだそうだ。
夜、母を迎えがてら行ったときは、好きな能楽のテープを聞かせてもらっていた。首を動かそうとしている。左手で寝巻きを掴んですごい力で引っ張っている。右手を引き寄せようとしているようにも、起きあがろうとしているようにも見える。
ここ数日の間に、知り合いのケアマネージャーをやっている方も見舞いに来てくれたようだ。母は随分心強く思っている。ありがたいことだ。
親父の兄夫妻も見舞いに来てくれたとのこと。帰られた後で親父は涙を流したそうだ。
母によれば、何を話しとるか良~判っとるよ、とのこと。母の問いかけに応答しようとしている様子が伺える。だが、医師の問いかけにはあまりうまく応答できていないようだ。
Yes/Noの意思表示がうまく出来るようになると良いのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏風邪

今日の五歳児は、妙に元気です。熱が39°あるのに。
症状としては、熱が下がらないのと下痢。おう吐の方は薬が効いているのか治まっています。
でも周囲が変。高二息子Bは下痢。妻は胃のムカムカ。私は頭痛と吐き気と下痢。だるい。原因は同じような気が・・・
早く直さねば。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月16日 (日)

休日急病診療所

五歳児が高熱を出しました。朝39°。ぐったりしてるは吐くはで、座薬を入れました。熱が引いてきたら元気いっぱいだし、昼ご飯はたくさん食べるし、一安心していたのですが。
夕方、また、ぐったり。今度は40°。これはいかんと区の休日急病診療所へ向かいました。着いたのは17時。タッチの差で閉院。紹介してもらって名古屋市医師会休日急病診療所へ向かいました。着いたのは17時40分。駐車場無し。路上駐車の列。最後尾に付けて受付へ。
同じような小さな子を抱えた夫婦連れが多数。車椅子のお年寄りも。車が停められなかったのでしょう、病のお年寄りと孫だけで診療所に向かうも、路上でしゃがみ込んでしまう人あり。手助けして院内の椅子に座らせましたが手続きができず。その後、お年寄りの娘か嫁と思しき方が到着して受付されていましたが、急病人が来るところに駐車場が無いというのは、どうもいただけません。親一人で病気の子供を連れてこなければならないとしたら・・・。
検査の結果、幸い、我が子はたいしたことなく夏風邪との診断でした。流行っているのだそうです。座薬をうまく使うということで乗り切れそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月13日 (木)

親父、倒れる・家族会議~病室移動などなど(7/12)

7/5(水)、母が医師から「家族で今後の介護を相談のうえケアマネージャーに相談するように」と伝えられたとのこと。夕方に母から電話があった。
仕事が終わってから母を迎えに病院に行ったが、明らかに動揺している。
医師の呼びかけに反応しない、回復の見込みは無い、流動食を採るためには胃に管を通す手術をしなければならない、病院には2ヶ月しか居れない、要介護認定には1ヶ月かかる、家で介護するか施設でみてもらうか家族で相談するよう言われた・・・とのこと。だが、要領を得ない。
まだ熱があるのにおかしいなと思いつつ、妹を交え、話をする機会の準備に入る。
==========
7/6(木)、母が医師に聞いたところ「あわてて追い出すようなことはしない。ケアマネージャーのスケジュールが混んでおり早めに予約した方がよいので伝えた」とのことで、安心したようだ。そりゃそうだろう。
夜、病院へ母を迎えに行ったときの様子が、随分落ち着いていた。
母は気丈に振る舞ってはいるが、親父が倒れたショックは大きい。一度、医師から直接話を聞く機会を作らなければとも思う。
==========
7/7(金)夜、母を病院から連れて帰った後、母、私、妻、嫁いだ妹の4人で話をした。
最悪の事態(寝たきり)を想定して、どう介護するかの相談。母から何を決めなければならないのかを聞き、私がインターネットで調べた「胃ろう」や介護施設のことを説明し、話し合った。今の段階で答えがビシッと出るはずもなく、概ねの方針を確認しあった。
何にしろ、ケアマネージャーに話を聞くのが先決。
==========
7/8(土)、救急病棟から一般病棟へ変わる。様態はあまり変わらない。
親父と母のボランティア仲間にケアマネージャーがいたり、妻の知り合いに介護の経験者がいたりして、いろいろと役立つ情報が入ってくる。ありがたいことだ。
==========
7/9(日)、妻、四歳児と見舞いに行く。親父の姉が見舞いに来てくれていた。
左手を動かしたり、手を握ると握り返してきたり、声を出そうとしたり、目をキョロキョロさせたり、少し反応はするようだ。看護師さんが身体の向きを変えたら、べッドの手すりをぐっと握った。唾液を飲み込むような動きもする。
熱は下がらない。相変わらず辛そうだ。熱が下がれば随分楽になるだろうに。
==========
7/10(月)、ケアマネージャーとの相談の日程が決まった。
脳外科病棟に空きベッドができたので、病室を移動。
夜、母を迎えがてら見舞ったら、今日は随分しっかりしていた。能のテープを聴いていた。私が来たのも判ったらしく、微笑んで声を出そうとした。熱はまだ下がっていないが、少しずつ回復してきているのだろう。
医師も看護士さんも良くしてくれているようだ。
==========
7/12(水)、夜、母を迎えがてら見舞ったとき、主治医から話を聞くことが出来た。
MRI写真を見ると出血個所は大きく思えた。運動神経がかたまっているところのすぐそばだそうだ。所見は麻痺と失語症。言葉を発せられないのか、認識できないのか、診断では判らない、本人しか判らないとのこと。医師の問いかけに応答できていないのだから、仕方ないだろう。
やはり介護は覚悟しなければないようだ。
とはいえ、倒れてからまだ2週間。私を目で追ってしゃべろうとしたり、動く左手で右手をさすってみたりもしている。最低ラインは判ったので、後は、どれだけ積み上げられるかだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年7月 3日 (月)

親父、倒れる・息子の反応

昨日(7/2)は、朝、母を病院へ連れて行きがてら親父を見舞い。四歳児が同行。
夜は、高二息子と四歳児とで親父の見舞いに行き、母を連れて帰る。四歳児は帰りの車中で眠ってしまった。朝まで熟睡。
高二息子からの言葉。「じいちゃんのああいう姿は見たくなかった。涙が出そう」。こいつ感受性が強く、妻の父親が入院し亡くなった時(4年前)にも、同じような感想を言っていた。昨夜は、男性看護師が親父の対応をしてくれていた。高二息子に「将来、ああいう仕事はどうだ」と聞いたが、拒否された。
四歳児は、なぜかハイになっている。「じいちゃんの病院、好きになった」だそうだ。
中一息子も、ごく自然に親父に接してくれていた。
何にしろ、いろいろと感じてはくれたようだ。
==========
今日(7/3)は午後出張。直帰できたので、帰りに寄る。症状はあまり変わっていない。
何かを伝えようとするのだが、言葉にならない、動けない。
辛いだろうなぁ。ゆっくり進もう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月 1日 (土)

親父、倒れる

水曜日(6/28)19:00頃、母から電話があり、父が脳出血で倒れ救急車で搬送されたとのこと。とりあえず、徒歩数分の実家の戸締りを確認してから、自家用車で病院へ向かう。
親父は15年前にも脳出血を患っている。4月から6月にかけて入院したものの順調に回復し、今では日常生活には支障なく、趣味の畑仕事、庭仕事、能、旅行を楽しんでいた。しかし今回は2回目。年齢もいっている。病院へ向かう準備をしながらも、喉の奥が詰まったような、地面に立っていないような、変な感覚。自分では、意外と落ち着いているなと感じていたが、実家の戸締まりの記憶が半分ぐらい無い。
病院に着いて母を見つける。医師から、左視床出血、右麻痺、言語障害と聞いたと伝えてくれた。母は気丈にふるまっているが動揺は隠せない。看護師さんに説明を受けながら入院手続き。救急病棟の病室が決まり、ストレッチャーで移動するときに親父の顔を見た。正直、ショックだった。どうなっちゃうんだろうと思った。
病室に落ち着き、親父に声をかける。うつろな目だが私を追っているのが判る。かろうじて意識はあるようで、ちょっと安心した。命は大丈夫なようだ。完全看護だし、母親の体力の心配もあり、一旦帰宅することにした。
==========
翌木曜日朝(6/29)、母親、妻と病院へ向かう。母親は、やはり眠れなかったようだ。
病室の親父は、昨夜より随分しっかりした顔つきになっていた。医師の呼びかけにも反応し、手や足を動かす。右手、右足に麻痺が出ている。左手の動きもおぼつかない。言葉を発することはできない。眠ったり、覚めたりを繰り返す。
子供たちの世話があるので、妻と一旦帰宅。
夕方、再び病院へ。親父の顔つきは更に回復してきていた。母親によると、自分で動こうとして、なだめるのに大変だったようだ。
しゃべろうとするのだが言葉にならず、身体の自由もきかないので、相当イライラしているのだろう。動こうとする親父に、まだ早い、もう少し我慢しろ、と声をかけながら、身体を押さえる。悲しい。一方で、意外に強いその力に感心する。右手も動かしている。親父は強い男だと思う。
母親が、顔や首を拭いてやると落ち着くようだ。身体を横向きにしようとしたので、手伝ってやった。入院以来、ほぼ一日中上を向いて寝ていたので、寝返りをうちたかったのだろう。すやすやと眠り始めた。
看護師さんに後をお願いして母と帰宅。親父は、きっと戻ってくるだろう。そんな気がした。もうしばらくは辛いだろうが、きっと帰ってくる。
==========
金曜日(6/30)は出勤したものの、親父の様態が気になり事務能率は落ちている。母親の様子も気になる。定時に退社し、病院へ向かう。
親父は車椅子に座っていた。まだ、自力で身体を支えることは出来ないため、補助具(帯)で車椅子に固定されている。鼻に通した栄養補給チューブで、水をもらっていた。母は、今日は良い子だったよ、と子供扱いしていた。
意識ははっきりしている時と、混濁する時が交互にやってくるようにみえる。意志表示はできない。
肩を揉んでやったら、うとうとし始めた。看護師さんを呼んでベッドに移す。1時間強、座っていたようだ。
うとうとしては目を覚まし、明かりに向かって手を伸ばす。起きようとする。繰り返しなだめていたが、興奮しているようにも見えた。心配したが、明かりを消したら落ち着いて眠り始めた。暗くして欲しかったようだ。意志が伝わらないというのは、辛いことだろうと改めて思う。
==========
土曜日(7/1)は、午後から、妻子を連れて病院へ向かった。子供を連れていくことは少し迷ったが、これも何かを感じ取ってもらえる機会。
母が親父に接する様子は、孫をあやしている姿とだぶる。親父も強いが母も強い。
親父は、昨夜はよく眠っていたとのこと。看護士さんから母が聞いたらしい。今日から、栄養補給チューブ経由ではあるが流動食を取り始めているそうだ。
夜、もう一度見舞いに行く。眠る前は少し不安がるようだ。看護士さんのてきぱきとした処置をみて安心もした。
親父は確実に回復してきている。入院は長くなりそうだが、私は、なるべく普段どおりに過ごそうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 7日 (日)

猫アレルギー

わが家の四歳児が猫アレルギーです。
以前、喘息で救急車騒ぎになったとき、アレルギーチェックで「猫にもアレルギーがありますねぇ。」と医者に言われていたのです。
妻の実家が猫を飼っており、確かに、くしゃみが出ていました。
今日、実家に行ったのですが、やはり、くしゃみ・鼻水・目のかゆみ・顔のジンマシン状の症状が出ました。本人は猫が可愛いようで、触りたくてしょうがないのに。
成長して丈夫くなるまでしょうがないんでしょうねぇ。
高二坊主も動物の毛アレルギーで、小さい頃、猫、ラマ、山羊で症状が出たことがあります。こいつは、大夫良くなったようですが。
食物に対するアレルギーが無いだけ感謝しつつ、春から夏にかけての冬毛が抜ける頃には動物に近づけない方が良さそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月26日 (日)

まだ咳が止まらない

まだ咳が止まらない。なにか熱っぽいし。
しばらくしっかり休みたいんだけどスケジュールがしっかり入っていて無理。明日も早朝から富山出張だし。体調が十分でないと考え方も愚痴っぽくなってしまう。
過去ブログを見ると(日記代わりだね)、私って結構病気自慢かも知れない。
早く体調良くして、自転車通勤再開して、ちょっとポタリングにも出かけたい。春よ来い~。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年2月21日 (火)

風邪でダウン

今週の月曜と火曜は自転車通勤できると思ったのですが、風邪を引いてしまいました。
月曜日の朝、雨が降りそうだったので最寄り駅まで歩いていく途中、いよいよダメな体調となってきたので引き返し。自家用車で出勤してちょこっと仕事に手を着けても、頭ぐらぐら咳ゲホゲホ。有給を取って病院へ。帰宅しておとなしく寝ていました。
今日火曜日も症状は改善せず。でも、明日は早い時間に直行しなければならない仕事が入っているので、夕方、資料整理に出勤。ほんの少しだけ職場にいるつもりが2時間捕まってしまいました。
明朝、体調が戻っていますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月12日 (日)

咳が止まらない

今日は体調不良。一週間ほど前から咳が止まらない。
夜中にだいぶ咳き込んで、朝は頭痛だし顔はむくんでいるし。でも高一の坊主に、ちょっと辺鄙なところで野球部の練習なので送って行ってくれとせがまれ、7時半、のど飴をなめつつ出発。
8時半過ぎ、長久手町でロードバイクの4人組を発見。良いなぁ。さらに9時前、守山区でロードバイクの2人組を発見。良いなぁ^2。
帰宅後、解熱鎮痛剤を飲んで布団へ。午後は多少調子よくなってきたけど、風も強いので自転車いじり断念。2年ちょっと前、喘息の発作を起こしたことがあるので要注意。
夕方、高一坊主を迎えに行って行動終了。今日は早寝よ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月21日 (土)

遠近両用眼鏡

老眼です。悲しいけれど受け入れねばなりません。遠近両用眼鏡を作りました。
中三の時に初めて眼鏡を作ったときからお世話になっている眼鏡屋さんにお願いしました。
先週、測ってもらったところ、この歳になっても度が進んでいます。目の病気に気を付けねば・・・
今日、受け取りに行ってフィッティングをしてもらいました。よく見える~。ゆがみも心配したほどには気になりません。自転車も自動車の運転も大丈夫。世の中が明るくなったような感じです。満足。
これと、以前からの眼鏡を使い分けていくことになるのでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 3日 (土)

ぎっくり腰

昨日、病院へ行ってMRIの結果を聞きました。
一昨日、東京出張へ行ったら腰痛を再発していたのですが、診断結果は特に異常なし。ヘルニアの心配もなし。骨にも神経にも異常がなかったことで一安心。
どうやら、疲れがたまると腰痛の形で出るようです。加齢ですねぇ。
で、今朝、ふとしたことで、ぎっくり腰をやっちゃいました。座っていても痛い。せっかくの週末なのに横になっているしかない。
加齢なるオヤジです。悲しいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月29日 (火)

MRI

今日、腰のMRIを撮りました。
先日(11/18)腰痛を診察した際、MRI検査の予約が入れてあったものです。なんと、17:40からから開始です。これ幸いとベルサッサ。
アンダーウェアだけになって、診察用の薄着を着て、メガネも外して、寝台に仰向け、腰の位置あわせ。15分ぐらい動かないでいてくださいねって言われて、寝台ごと装置に挿入・・・狭い円筒に挿入ってイメージですよね。
これは、閉所恐怖症だと耐えられないだろうなぁと思うぐらい円筒は長いし、円筒の内径が目の前にあります。ガガガッと大きな音がしたり静かになったり。なんだか途中でうとうとしてしまったりして。でも、動いちゃいけないと緊張したりして。
妙な経験をしました。診察結果は後日聞きに来てくださいだそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月18日 (金)

腰痛

ここのところ腰痛がひどくて。
先週の出張(ちょっとハードだった)や、子供の入院騒ぎ、昨日の仕事に向けた準備などが重なって、無理が来たのだろうとは思っていましたが、仕事も一切り付いたことだし、今日、病院へ行ってきました。
レントゲン写真5枚。診断は「加齢により腰椎の軟骨が圧縮されている。左股関節の隙間がやや狭くなっている。痛みの主原因は腰椎。後日、MRIでチェック。」だそうです。
一言目に「加齢」が出てしまっては、何ともならない・・・
歩いたり、立ちっ放しだったり、座りっ放しだったりすると腰に来るのだけれど、自転車通勤(片道30分弱)は元気。
へんな原因があると、楽しみな自転車通勤ができなくなるのではないかと心配していましたが、大丈夫みたいです。
痛み止めの湿布薬を処方してもらって、ひとまず、安心しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月15日 (火)

病院泊まり

昨夜は病院に泊まりました。一番下の子が入院したためです。
一日目は妻が付き添ったのですが、お父ちゃんとしてもやれることはやろうと出張先から直帰。19:00過ぎに妻とバトンタッチ。子供の相手をして、子供が寝たのが20:30。
さぁ出張の資料整理が出来るぞと思ったら21:00消灯。うっ。
枕元のライトのスイッチを探して点けたら異様にまぶしい。診察用のライトなのですね。
それでも暫くは整理をしていたのですが、迷惑になってもいけないので早々に閉店。疲れていたこともあって、すんなり眠りにつけました。
夜中には、同室の子供たちが順番に咳き込むので(喘息の子が集まった部屋のようです)、付き添いのお父さん、お母さんも大変です。点滴を続けているのでトイレの間隔も短いし。
朝は5:30にトイレに起きてから眠れず。7:00前から検温があったりして病院の朝は早いんですね。
妻と交代して一旦帰宅、シャワーを浴びてから出勤。やっぱり疲れます。病人も大変ですが、付き添いの人も大変だということ、身をもってわかりました。
幸いにも、我が子は回復が早く、今日、退院してきました。いろいろな事に感謝感謝です。本当にありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月13日 (日)

救急車に乗って

一番下の子が昨夜遅くから調子を崩していて、今日(日曜日)、朝一番(10時から診察開始)に休日診療所へ連れていきました。
喘息発作の疑いとのことで救急車が呼ばれ病院へ移送。入院治療となりました。
病院に着いた当初は大泣きするは、ゲボ吐くはで大変だったけど、泣き寝入って起きてからは落ち着いてきて「なんか食べたい」「元気になったからこれ(点滴)外して」「お泊まりいやだ」と、いつもの調子。
いやぁ焦りました。が、診療所や救急隊員や病院での対応が良く、安心もできました。感謝感謝です。本当にありがとうございました。
救急車初体験は・・・結構、乗り心地が悪いんですねぇ。
それと、譲らない車が結構多いことも良くわかりました。とくに広い国道を横断する時。目の前を何台もの車が通り抜けていきました。自転車も1台。
回りのことが見えない・考えない人が多いってことは感じてましたけど、こんな形で突きつけられると。
日本人の良さが失われているんでしょうね。なんだか、考えさせられちゃいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)